折々

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折々に、想ってしまったことや、
新聞等での感想、新聞投書で、没となってしまった原稿などの一部を、
掲載させていただきます。
(新聞掲載していただいたものは、著作権の関係でここではアップしていません。申し訳ありません。)

2021.08.28(土)猫の短歌で
 一週間に一度めくる猫短歌のカレンダー(日曜になったとたんに誰かがめくっています)に、ありました。
「猫が知る快適スポットハズレなし」
それをみて、「人捨ててヒト拾いたる木陰かな」「欲深き人の彷徨(ほうこう)性(さが)の沼」

 全く関係ありませんが、トヨタの新型ランドクルーザーは800万円のようですが、納期に3年もかかるようです。誰かが言っていました。
 どのような方が、そんな期間を待っても購入したいと思われるのでしょうか。すごく好きなのでしょうね。

2020.12.07(月)「日本最古の銅鉱山?」
 令和2年12月6日(日)の地元紙に、「銅と銅鉱山」として「日本最古の岩美鉱山」との記事が掲載され、鳥取県立博物館常設展示室に「鳥取県にあった鉱山」コーナーが新設されたと紹介されていたことから、博物館に行ってみました。(180円でした。)
 写真は、アルバムのほうに掲載いたしますが、日本最古というフレーズがとても気になります。何をもって、日本最古なのでしょうか。それが事実なら、おおいに、岩美町のPRに使いたい。展示室の内容では、日本最古は判然と致しませんでした。
 なお、杉村宏の著書「歩道!できました?」のP105に、少し、荒金鉱山やそこで穴を掘っていた方の技術で田河内集落と岩井温泉をつなげる坂谷(さかのたん)トンネルの完成があったものと紹介しています。
 岩美(荒金)鉱山の所在する、荒金集落や、忘れられている近隣の大宝鉱山のことも知っていただきたい。また、隣の谷ですが、近隣で、同様の熱水鉱床が由来なのでしょうか、銀の鉱山の間歩がある銀山集落は、その間歩などを地域おこしに活用されようとしておられます。
 日本最古の説明をお聞きしたい!!

2020.10.03(土)「キンモクセイとヒガンバナ」
 昨日、天気も良く、愛車(二輪)で大山まで行ってきました。どこからともなく、そして、そこかしこで、金木犀(キンモクセイ)の香りがして、馥郁とする香りがヘルメットの中に入ってきてくれました。あまりきょろきょろできなくて、この日は、橙黄色の花は見ることが叶いませんでした。我が家の庭にある古い銀木犀は、あまり香りを発しません。
 また、彼岸花(ヒガンバナ)が群生し鮮やかな紅色を、県西部のほうで特に目にいたしました。梵語(サンスクリット語)から曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれていますが、地下の球根に毒があるそうです。なにか近寄りがたくも美しいと思っています。いつも食している食べる物がないときに、救荒作物と言われ、毒抜きして食べられていたそうです。

2020.10.02(金)「暗号化は無効化される」新聞切抜きより(日本経済新聞 私見卓見)
 「「量子コンピューティング」 人類が経験したことのない速度の計算能力を持つ技術 暗号化などのセキュリティー技術が瞬時に無効化される。 既存の防衛技術は量子コンピューターを使った攻撃に対して有効に機能しない。」
 従来から言われていることですが、これは、大変なことです。
 丸裸です。(と、なってしまいます。)
 デジタルではなくアナログに戻ることは(昔の東京証券取引所のように手話を復活?)、もう、人類には無理なのだろうと思います。
 ターミネータの世界のようになりますか。

2020.10.02(金)「せきを切ったような流れ」新聞切抜きより(日本経済新聞 かがくアゴラ)
 「病態がサイトカインストームであれば、ステロイドでコントロール可能だ。 医療の常識といえる。」
 新型コロナウイルス感染症の重症化をもたらす免疫の暴発(サイトカインストーム)には既存のステロイドが有用で、それほど恐れる必要がない感染症となったと力説されたそうです。大学病院入院患者の40%以上にステロイドが使われていて、これが、せきを切ったような流れとされています。
 第3波など無く、落ち着けることを願います。


2020.10.01(木)「誤って使っていました」 新聞切抜きより(日本海新聞海潮音)
 「敷居が高い」は「相手に不義理をして行きにくい」
 敷居が高いは、高級そうで自分には分不相応であるときなどに用いていましたが、過った使い方でありました。その店につけがあり未だお支払いしていないなら、誤りではないようですが、自分としては、いつもニコニコ現金(カード)払いなので、つけはありません。
 だけど、たぶん、この誤った使い方は、これからもやってしまうんだろうなあ。

2020.08.31(月)
 この「折々」の2018.11.28「泥船のラストマン」を掲載していますが、総理大臣の職にある方は退陣表明をされました。そこにも記載していますが、少しほとぼりが冷めたころに、次は日銀総裁が辞職なされる(と思います)。
 いずれも、もっともそうな理由を付けて。

2020.08.31(月)
 新聞投稿を先月28日に行いましたが、没のようですので、ここに掲載いたします。
題「雲隠晋蔵」
 山の彼方の空遠く、幸い住むと人の言う。天岩戸の奥深く、日本のリーダー住むという。人呼んで雲隠晋蔵。最近お見かけいたしません。「これでいいのだ。」バカボンのパパは言ってくれます。
 古事記では、天宇受賣命(アメノウズメノミコト)が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りして踊ってくれました。現代の天岩戸(首相官邸)の外では、物事を明らかにせよとの声により、岩戸の殻は更に固くされています。それで、日本国のまつりごとのリーダー?「これでいいのだ。」高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。神は笑えても国民は笑えない。
 固執しておられる小さなマスク姿で、哀れな姿を国民の前に晒しなさい。説明責任を果たしなさい。できないのであれば、ひっそりとそのまま雲隠れしていなさい。
 問われているのは、雲隠れを、晋蔵君に結果的に容認している現状を変えることができていない主権者であり、その一人である私そのものだ。


2020.08.31(月)
題「浮世絵8頭身」
 日本三大浮世絵コレクション展が東京上野で開催されます。今、ちょっと行けないけれども、7月には島根県立美術館で、浮世絵も鑑賞できました。
 以前から浮世絵に描かれている女の人が現実離れしていて、何とも実感がありませんでした。それは、あまりにすらりとした8頭身の立ち姿で描かれているからです。そんな人、現代においても、そういない。
 ましてや、縄文時代から古墳・平安・鎌倉・江戸と時代を経て、穀物中心の食生活になればなるほど身長は低くなり、日本史上で古代から見ても江戸時代の人が、平均身長が一番低かったそうです。江戸後期の男性の平均身長は155センチ、将軍様も同じくらい。女性は150センチぐらい。明治以降、動物タンパク摂取量が増えてきて身長は伸びてきたと言われていますが、最近また低くなっているようです。
 そんな中で、脳味噌の体積はそう変わらないと思いますので、江戸の人々は、6頭身前後なのかな?
 想像するに、浮世絵で描かれる女の人の居る世界は、一般庶民からは遠い世界で、現代のように写真で明瞭に拝むことが叶わず、夜の目、遠の目、笠の内のとおり、時折、舟遊びや渡船に乗船されている人々が美しく見えた。いや、美しいように見たかった。いや、いや、水の煌めきの中で、本当に美しく見えた。その心情を8頭身という形で浮世絵として描いていたから、版画となって流行したのではと思います。それが同展展示の鳥居清長「六郷渡船」の8頭身の立ち姿の、私の解釈です。
 江戸の人々はすらりとしている方に憧れていたのでしょう。そのことは、庶民の多くは、現代とはとても違って、足腰がしっかりした人々だったことを現わしているように思います。
(文字数は、696文字です。7月28日に投稿し、本日現在で掲載されていないので没原稿だと思います。)

2020.02.14(金)
 読売新聞社の特別編集委員の橋本五郎さんの解説や説明は、以前からTVなどを拝見し、わかりやすいと感じておりました。
 一昨日の産経新聞「耳目の門」のなかで、こう述べられています。
「後世の人間にとっての最大の武器は、立場が異なっていても、正しいと思うものは「いいとこ取り」すればよいということです。」
また、
「「新聞記者は良き芸者だ」と思ってきました。芸者さんをおとしめる意味ではまったくありません。どんなお座敷でも、呼ばれれば堂々と出て行って話を聞き、意見を述べる。」
 全く同感です。
 わたしも、誰の主張であろうが、いいと思ったことは取り入れたいし、人間として、どこででも自分の意見を述べていきたい。
 だから、長が付く立場は、その組織のことに、その組織の構成員に配慮せざるを得ないことから、距離を置く姿勢になってしまう。そんな感じでしょうか。

2020.01.17(金)
「年金収入1000万円超?そんな人いるの?」
 公的年金で、上限の厚生年金保険料を長期間納める極端な例でも厚生年金(基礎年金含め)年400万円台。それに加えて、会社などから支払われる上乗せ部分、つまり、確定給付型や確定拠出型の企業年金や厚生年金基金が、月数十万円の年金額を約束した確定給付型であるのなら、併せて、年金額1000万円もあるそうです。
 財務省によると、該当者は全国に3千人程度。これが少数かどうかは見解の別れるところです。
 この方々に対する、所得税額が少しばかり今月から増える。どの程度が国税の賦課として適切かはいろいろあると思いますが、国民年金のみの受給者の方々の感情を逆なですることにならないよう危惧します。

2020.01.14(火)
 題「運転は二輪が楽しい!」
 100年前、自動車の運転は、一定の方の特別な行為だったと思います。現在、人々は当たり前のように自動車と呼ばれる愛すべきながらも被害を発生させてしまっている道具を操作しています。そして、自動運転の実用化もそう遠くない将来には行われているでしょう。それでは50年後に、自動運転以外の、人の判断のみで運転することが許されているでしょうか。その頃、人による運転は、自動運転よりも危険で事故を起こしやすく、許された特定の範囲内でのみ行われると思います。息苦しい。現在、当たり前のように、リスクがありながらも人の判断で運転している現状は、人類史の中で、とても稀有な状況で、この数十年前後程の時期しかない特別な時間帯であると思っています。
 私は、現在の運転免許制度の中で、免許的には二種以外全ての車両の運転が可能ですが、上手ではないものの運転していて楽しいのは、やはり二輪です。
 なぜなら、特別な高速時などは別にして四輪は通常2次元の平面移動で滑るように移動します。二輪は3次元的移動で、傾くことで方向転換します。平面移動よりも3次元的移動のほうがより根源的だと、5億年前の海中での記憶、また、つい最近、私自身も、受精卵となり出生するまでの間に生命進化の過程を経ており、その過程の中に魚類的な形態があり、その時に尾を振っていた(?)記憶、それらが、3次元的移動は生命の根源的移動で、それがために現在まで生命は生き延びてこられたのだと訴えている。だから、四輪よりも二輪のほうが楽しいとこじつけています。
 しかし、二輪においても、いつの日にか自動運転が支配することになるのでしょう。現状は、自由なように二輪の運転ができる貴重な時代です。大事にしたい。そして、自分の体が動くうちに操作したい。奥様、ナナハン買っていい?
(これは12月14日に投稿し、本日現在で掲載されていないので没原稿だと思います。なお、1月6日に、買ってしまいました。ZRX1100Ⅱ(初年登録はH9))

2020.01.05(日)
 岡山県瀬戸内市の市立美術館に行ってきました。
 特別展「驚愕の超写実展」が開催されており、多くの来場者でした。
 とてもリアルで、普通に鑑賞すると写真のようでしたが、接近して視させてもらうと確かに絵画です。
 人物もとても素晴らしかったですが、森や風景画に圧倒されました。
 今月19日までの開催です。
 帰りに、「かきおこ」発祥のお店で、牡蠣の入った、お好み焼きと焼きそばを頂きました。
 こちらも、行列のできる繁盛ぶりでした。

2020.01.03
 本日は、曽祖父の67回目の命日です。
 私の家の祖父母は私の生前に居なくなっており、父(いわゆる婿さん)の実家には、祖母はいたものの祖父が亡くなっていたことから、私にはいわゆるおじいさんがいませんでした。ちなみに、父は57歳で、祖父は27歳で死去しております。父の男兄弟もその前後で死去していることから、当年取って満61歳になっている私としてもそんなものかなと感じているところです。
 しかし、冒頭の曽祖父は昭和29年の満79歳まで生きて、現在のわたしたちが居住している自宅を昭和元年(竣工時は大正15年)に建築してくれています。施工は中町の隣の上町の大工さんでした。亡くなられた近所のおばあさんが、若いころ、壁土を練る手伝いをなされたとお聞きしました。この建物は、現在までいくばくかの改修を行ってきたものの、基本的にはあまり変わっていないと思っています。居住させていただいていることに、曽祖父に対する感謝の念を禁じ得ません。
 私が昭和33年生まれですので、曽祖父が逝去して4年ほど後に生まれたことになりますが、仏間に掲げられている曽祖父夫妻の写真を、幼いころから見上げている私としては、なにか、髪を短くしている頭のかたちとか、顔つきなど、少しばかり似ているように感じておりまして、後世の子孫というか人々になにがしか貢献できることがあるならば、それはありがたいことだと想っているこの日でありました。

2019.10.08
「月47万円で不満?」を新聞に投稿しましたが、令和元年10月8日現在、投稿から1カ月以上経過し掲載がありませんので、ここに掲載します。
題「月47万円で不満?」
 65歳以上で、年金を受給しつつ働いて併せた収入が月に47万円以上(60歳から64歳までは28万円以上)になると、年金が減額される「在職老齢年金」と呼ばれる制度があります。この制度が、高齢者の就労を阻害するものだとして廃止が検討されています。65歳以上の制度を廃止すると4千億円が必要だそうです。65歳以上で月47万円、年564万円以上を受け取られる方の年金を漸減して何が悪いのでしょう。企業の役員や議員の方々の年金を増やし、若い世代の年金水準を下げる。とんでもないことです。
 私は、芥川龍之介さんの大泥棒犍陀多のはなしを用いて、議員報酬に対する厚生年金加入(公費200億円投入)に反対の立場を本誌の掲載を通じて表明していますが、この在職老齢年金の件においても、議員の年金問題が主権者の指摘がなされないうちに改善(?)の方向に向いているようでいたたまれません。
 年金受給を繰り下げる場合でも、前記の額を上回る収入が有る場合、割増になりません。このことを年金受給繰り下げをすると割増しとなると記載されている年金定期便には記載していません。しかし、この在職老齢年金の制度が廃止されると割増しになります。つまり、65歳以上の議員さんが報酬等で47万円を超える場合、年金受給を繰り下げると、現在は割増しの対象にならないものが、改悪後は割増しされることとなります。これは国民に対する裏切り行為であり、ご年配の方が多い議員の年金額を引き上げる制度改正として反対です。
 そもそも、65歳以上で年564万円の収入なら不足する意味が解りません。64歳までは28万円である限度が47万円に大幅に緩和される現在の制度に何の問題があるのでしょうか。この変更案は現役世代からの搾取の典型です。(文字数は、729文字です。)


2019.10.07
「ごちゃまぜ!WW」を新聞に投稿しましたが、令和元年10月7日現在、投稿から1カ月以上経過し掲載がありませんので、ここに掲載します。
題「ごちゃまぜ!WW」
 WWは、ごちゃまぜで素晴らしく、ごちゃまぜだからこそいい。WWとは、鳥取市内にあるスポーツジムのワールドウイングのことです。
 社会福祉法人佛子園の雄谷良成(おおやりょうせい)さんは、「ごちゃまぜで、多様な人々がいれば居心地がいい」、それぞれの人なりのやり方を大事にしていくことが、結果として、人が集まったり、関係人口が増えてきているとされ、子どもや高齢者、障がい者やいわゆる健常者などのごちゃまぜが大事で、それが人を集める技術となると言われました。そうだろうなと思います。
 人間社会の学校や会社などの組織は、入試や就職で一定の水準を満たしているとして選抜され、実態はともかく、前提として、この程度はしてもらわなければ困るという圧力を根底に持っています。しかし、ヒトとヒトの構成は、約1万2千年前の間氷期に入って人口を増やすこととなり、集団社会を構成するようになってから多様であり続けてきたと思っています。
 WWに通われる個々人の運動能力の差は大きく違います。しかし、杖を突かれている高齢者の方が、いつしかその歩幅が半フィートから1フィートになり、さらに広がっています。その姿勢や姿に当方が励まされます。前向きな中高年齢の多くの男性女性、社会人スポーツ選手、有名プロ選手、運動面で年齢や個々人の能力はごちゃまぜです。それぞれの能力に応じて前向きなベクトルを感じます。それがいい。だからこそさらに居心地がいいのでしょう。長く通っておられる方が相当数あるようです。
 WWのごちゃまぜは今に始まったことではありません。25年ほど前は、隣でマラソンの有森さんがストレッチされていたし、スピードスケートの黒岩さんが重いものを持ち上げていました。このようなごちゃまぜの運営をされているWWの運営主体者に感謝しています。
(文字数は、748文字です。)


2019.09.20
「米寿のお姫様」を新聞に投稿しましたが、令和元年9月20日現在、投稿から1カ月経過し掲載がありませんので、ここに掲載します。
題「米寿のお姫様」
 令和元年8月5日猛暑日、自宅裏の畑に、85歳の母親が午後6時ごろ出たところ、隣の畑の米寿のお年寄りが座っているものの、様子がおかしくて、私の妻を呼び出し、これは一大事だと二人が判断し、私を呼びました。
 急いで、自宅から50mほどの畑に駆けつけると、母親と妻は、病院搬送の準備に自家用車やタオルを用意するためすぐさま帰りました。残された私は、背負い連れて行こうとしましたが、お年寄りは背中に移動する動きもできない状態で、とっさの判断で、お姫様抱っこしました。着ておられるものは汗でぐっしょり濡れ、冷たくなっていました。
 自家用車の助手席にやっとこさはこび、倒されていた背もたれからはみ出ている頭部を、後部座席の母親が両手で支え、運転席には妻が座り、近くの公立病院に向かい、看護士の応急処置(濡れた衣服と体の間に、乾いたタオルを差し挟み)で、救急センター(以下「センター」)に搬送することができました。Drからは、応急的な処置が良かったと言われ、その効果の御蔭か、その日のうちに米寿のお年寄りはご自宅に帰還できました。
 しかし、地元の公立病院の初動受付対応、センターとの連携、119の対応等、釈然としないものが残っています。地元の公立病院は、対応できないのでセンターに行ってくださいと言われ、何か見放された感じでした。不安なままで、センターまでの20分間がとても長く感じたと妻は言っています。119の対応もセンターに連絡はできないので、自分でしてくださいということでした。そして、センターに地元の公立病院からの連絡もなく自分たちで申し述べ進めました。このような対応で、このお年寄りの生命は保たれるのか。そういった緊迫感を妻と母親は持ちながら進めました。結果オーライで済ましていいのでしょうか。

2019.08.19
「生ゴーヤ 滴る口元 夏を生く」 苦虫
P8281250
(ゴーヤを半分に割り、中の種とワタを取り、LEDライトに透かしているところです。)
 盆を過ぎて、昨日ごろから、夜間のエアコンがやっといらないような気温に落ち着いてきました。
 今年の夏も、近年同様酷暑で、体調管理は還暦過ぎた身にとって大事なことであります。
 何年も前から、生野菜をそのままかぶりついていますが、昨年から青いゴーヤのまるかじりに挑戦しています。半分に切って、中の種とワタを取り、嚙みつくのですが、外側のつぶつぶからの果汁(?)が口からこぼれ出るほどでジューシーです。口元からその青汁が垂れるので、手でぬぐいます。内側は食物繊維の塊のようで多少しわいのですが、噛みごたえがいいです。美味しいと思ってばりばり食べ、調子がいいように思います。
 熟すと、皮が黄色くなり柔らかく甘くなります。もう、こうなると食べられません。媚びるようで気持ち悪い。種のまわりも赤いもので覆われる。ラジオの子供夏休み教室で、赤いところを食べてみてくださいと言っていたので、意を決して口に入れてみたところ、甘い。これは鳥が食べにくるものです。
 ちなみに、果実は熟したもの、野菜は未熟の状態なので昆虫などから種を守るためのファイトケミカルなどを有している状態のものだと思っています。ヒトが野菜を食することは、動物が体内で合成できないファイトケミカルなどを植物から頂くために、未熟な状態の時期に、いわゆる収穫し口にしていると思っています。ゴーヤ(にがうり)の苦みも動物であるヒトの健康に寄与するものであると思います。 
 20代の頃、沖縄にはゴーヤと呼ばれる苦瓜があり、地元の方の健康に寄与していると聞いていました。在京の学生時代、沖縄料理店で、チャンプルーを頂いた。苦みがあったように思います。しかし、ゴーヤも加害する大害虫である瓜実蠅の本土上陸を阻止するため、ゴーヤは沖縄から本土に移入されていなかったので、沖縄に行かなければ食べられない食材でした。そして、沖縄に行くことは、終戦の手前で本土とは比べ物にならない犠牲、そして戦後に本土の米軍基地の押し付けで沖縄に米軍基地偏在の現実があり、訪問させていただくことに、ずっと二の足を踏んでいました。
 それが、検疫的には、平成5年に沖縄県で瓜実蠅の根絶宣言がなされ、その後、本土にも移入できるようになり、本土で栽培される方もあり、特に、昨今の夏は酷暑で、何か、滋養のあることをと思って、冒頭のまるかじりに挑戦してみたところです。挑戦してよかったと思っています。
 少し苦い味は、沖縄に対する想いと胃腸のためと、精神的にも身体的にも効用があるように思います。


2019.07.27
題「生命連鎖の現実の中で」として、地元紙である日本海新聞の「ひろば」の「散歩道」に掲載されました。なお、もとの題は「なにもの?」としておりました。投稿日は6月20日でした。
 また、校正いただいておりますので、投稿原文を以下のとおり、掲載いたします。

 20代の娘が、出勤するための列車に乗り遅れ、私の自家用車で送る途中。「なにもの?」と、悲しげな響きを発する。高規格道路で、相当な速さで走行している自動車のその先に、横たわる哺乳類らしき姿。道路上に横たわっている姿を突然に確認しつつも、急激なハンドル操作は、当方の危険に直結する。少しばかりの移動で、何とか、跨いで、彼の個体を避けることができた。
 雨ざらしにしていた薪を、次の冬季の燃料とするため、太いものは割って、軒下に移動させる。乾燥しつつある樹木の隙間にカメムシ、どんな樹木がお好みなのかわからないが、なにかのキクイムシの幼虫が木を穿ち、這い出てくる。彼らの住まうところを蹂躙し、樹木に押しつぶされて、傷つけてしまう原因者は、すべて、私だ。
 しかし、ホモサピエンスと呼ばれている現生人類は、かつて、全地球上で、1万人程度まで、人口が減少したそうだ。だからこそ、ゴリラ同士が谷を挟むと遺伝子の相当な違い出てくることに比較すると、ヒトの遺伝子の違いは、そのうち100億人に達するのであろうけれども、大きくないと言われている。かつて、ヒトは、生き延びるために、危機的な状況があり、現在の、繁栄を想像できないほど、先の見通せない苦しい環境下に住まざるを得なかったからなのだろう。
 カメムシや昆虫の幼虫たちよ、環境の変化に弱いヒトである私が、生き延びていくためには、薪の火力も必要なのだ。それが、ヒトが氷河期を乗り越えられた一つの手段なのだ。君たちを傷つけたことを許せとは言わないが、君たちの住処を奪わざるを得ないことも含めて必然なのだ。すまん。
 生命の連鎖を連綿と続けようとする生き物たちの現実の中で、横死している哺乳類や、薪の中に潜む虫やヤモリと、人と呼ばれる生き物と、どれほど違うと言えるのだろうか。
(文字数は、746文字です。)

2019.06.09
歩いて5分ほどの、近くの神社の裏側に夜8時過ぎに家族数人で行きました。
目的は「蛍狩り」。子供の頃から楽しませてもらっています。
有名な場所ほどではないにしても、今年も、多くのホタルの光の軌跡、瞬きを、手の中でも”観賞”させていただきました。健気な命の輝きだと思います。

2019.4.3「カメムシの命」を新聞に投稿しましたが、令和元年5月3日現在で不掲載ですので、ここに掲載します。

 乾燥した樹木の隙間は、冬の寒さを凌ぐにはもってこいだ。静かに春の到来を待つ。樹木が動くのを感じ、そして、止まった。しばらくすると、周囲が温かくなり、固まっていた関節を動かせるようになった。隙間から這い出て樹木の上に立ち様子をうかがう。すると、足元の樹木が動かされる。しがみついていると、急に強い熱を感じ、気を失った。
 薪の中から、カメムシが出てきた。慌てて、虫ごとその薪を、薪ストーブの炉に入れた。未だ、日の光を感じない、鳥たちの声も聞こえない、早すぎる朝の静寂の中、室内を飛び廻られても煩いし、臭いを出されても愉快ではない。ただ、静かに、ロケットストーブのトンネルの中に、快い引き込みの音を聞きながら、炎が吸い込まれていくのを、眺めている。
 地球の地殻の表面は、大気などにより、太陽や宇宙からの有害な放射線から生物が守られている。氷河期と氷河期の間、現在は、間氷期が1万年以上続き、温暖な環境はヒトにとっても過ごしやすく、人の口の数は増加した。地球46億年の間、無尽の生命個体の生と死が繰り返し営まれている。一寸の虫にも五分の魂と言われるが、五分との言い分は、さすがに人様と自らを呼ぶだけのことはある。出てきたカメムシには、申し訳ないと思っている。



 2019.4.24に「何とうれしい楽しいお誘い」として新聞に掲載されました。掲載文は、本HPにはあげれませんが、だいぶんに校正いただいていたので、投稿原文を以下に掲載します。
 2019.3.28に投稿した原文です。題「女の子に負けました」
「平成31年2月2日午後2時過ぎのバスターミナルの待合であったことです。3歳か4歳ぐらいなのかな、女の子2人に、にっこりすると、「オジサンも一緒にしようよ」ときた。
 本を読むことに少し疲れて、目を上げると、ふたりで「だるまさんが転んだ」を楽しそうに行っている、その見ていた目線に乗ってくれて、誘っていただけた場面です。
 何とうれしいことでしょうか。でも、でもですよ。当方、長距離バスの発車を待っている間、書籍を面白く読みつつも、少々、アルコールを頂戴しており、赤ら顔だったと思いますし、バスターミナル待合の皆さん、周囲の目も気にします。そして、それなりの社会的立場もある還暦者でもあります。
 これが、誰もいないところでのお誘いであれば、ホイホイ、ハイハイと御誘いに乗らせていただいたとも思いますし、そして、二度と、このような、裏表のない、たのしい御誘いは私の人生においてあるのだろうかなと思いを巡らせつつも、ぐっと我慢して、変に、人間の大人のふりをして、愛らしい女の子に対して「勘弁してね」と、言ってしまいました。あああ、馬鹿な私。
 どこの誰かわからない天使は、「あとで、しようね」と配慮してくれました。たぶん、その間のやりとり、10秒くらい。完璧に、60歳男の負けでした。」(文字数は、532文字です。)」



2018.11.28「泥船のラストマン」を新聞に投稿しましたが、平成30年1月1日現在で不掲載ですので、ここに掲載します。
 あべノミクスと呼ばれている黒田ノミクス。この泥船のラストマンは誰か。
 日本国の物価安定を目的としている中央銀行は日本銀行で、総裁の黒田東彦さんが掲げた物価上昇率2%。5年を超え1%に届かない。「大胆な緩和政策」「2%の物価上昇率」彼は目標設定が誤りであったと後悔していると私は思う。でも、変更しない。面子に囚われているかわいそうな人だと思う。しかし、船出してしまっている金融緩和の荒海の責任は、2期10年かどうか、安定着陸するまで全うしていただかなければならない。それが異次元と称する、私からすれば無責任な政策の責任の取り方だ。
 インドネシアに、腐敗し流れ着いたクジラの胃から、プラごみが5.9キロ見つかった。巨大なクジラさながら、金融を緩和するため、異物である大量の国債を飲み込み続けさせられている日本銀行。かわいそうで見ていられない。本年3月30日現在の保有国債残高は416兆円。資本金1億円の日本銀行。あり得る現実なのだろうか。
 金融の異次元緩和。この出口は語れない。できないからだ。破綻しかない。だから語れない。語れば破綻が早まってしまう。この政策に乗っかっているあべと呼ばれている人と、黒田さんと、どちらが、それらのミクスが逆回転し、破綻していく政策の泥船の上で、全ての人々を安全な場所に避難させ自らがラストになる覚悟のあるラストマンになるのだろうか。そんな気概は両者からみじんも感じない。私は、両者ともに尤もそうな理由を付けて中途退任し、安全策を個人的に施したうえで安全地帯に退避すると踏んでいる。ラストマンとなってしまうのは、泥船の上で放置されてしまうあなたとわたしのどちらかだ。


2018.11.26「金。なさけなくないか日本」を新聞に投稿しましたが、平成30年1月1日現在で不掲載ですので、ここに掲載します。
「密輸犯は、金を無税で買える国から地金を調達する。」運び屋が日本に持ち込む。「日本国内で消費税を加えた価格で販売する。」彼らには消費税分が利益となる。その結果、日本は金の純輸出国となり、08年には輸出が360トンに達している。財務省は「摘発で押収した金(17年で6トン強)は氷山の一角にすぎない」と推測する。水際での摘発は、担当部局の相当な努力にも関わらず、申し訳ないけれどもほんの一部だろう。
 それでは、素人の私は360トンマイナス6トンの354トンは密輸で国内に入ってきた金なのかと思ってしまう。金1グラム税抜き4500円ぐらい。その消費税額は8%で360円。354トン分は1274億4千万円。多額の税金流出となる。この計算のとおりではないかもしれないが消費税が盗まれている。本当の現実なのか。
 対する策として、密輸が疑われる地金を買い取りしないよう財務省や経産省が指導を強化した結果、不正取引に巻き込まれるおそれを企業が回避したため、国際認定の地金が流通しない事態が国内で発生し、世界でも異例だとされている。異例という表現に留まるのだろうか。おかしくないか財務省。自らの責任を転嫁していないか経産省。世界に恥ずかしくないか内閣の方々。
 なにが根本的な問題なのだ。国民の消費税納税をどうしたら守ることができるのか。なぜ、欧州のように投資目的の地金は非課税扱いとするよう政治家や役人は提案しないのか。
 金と呼ばれる金融資産に縁遠い生活を送っているが、ここでも何か、資産保有者、特定の方々の利益を守ろうとしているように感じてしまうのは、狭小なひがみなのだろうか。でも、毅然とした姿勢を日本国に求める。

2018.11.20「400兆円に課税すべき」を新聞に投稿しましたが、平成30年1月1日現在で不掲載ですので、ここに掲載します。
 日本国の基幹税である所得税。この税は、トウゴウサンピン(10、5、3、1)、若しくは、クロヨン(9,6,4)と揶揄され、課税対象者に対し税務署が補足している課税所得が、実際の所得に対し、給与所得者10割、営業者5割、農林水産業者3割、政治家1割と言われることもあり、不平等を嘆く主権者の切実な表現と受け止めている。(クロヨンは、給与所得者9割、自営業者6割、農業、林業、水産業従事者4割)
 不平等の解消については、不断の努力を税務当局は傾注しなければならない。しかし、同時に、所得の捕捉を平等にすることは困難で、根本的には解決できないと受け止めている。だからこそ、所得税の補完機能としての相続税・贈与税の存在意味があり、とても重要だ。フローの所得に課税することの限界を、フロー所得の積み重ねの結果であるストックの資産に課税し、フロー所得課税を補完することは理にかなっている。それなりの財をなされた方々の努力には敬意を表するが、すべて所得捕捉されたうえでの財ばかりだとは言えないのではないか。
 以上は個人のお話。では法人はどうなのか。企業の所得には法人税が課せられている。課せられたのちの日本企業の内部留保は6年連続で過去最高を更新し、昨年度は446兆円に達している。企業の内部留保に課税することは、税引き後の利益にさらに課税する二重課税であるとする批判がある。その批判はそのとおり。理にかなっているが、果たして総合的にそうだろうか。東芝や日産自動車の決算において、日本を代表する監査法人でも見つけることができない不適正決算を行っている。400兆円を超える内部留保に課税しても国民の理解は得られると考える。


2018.11.20「青汁粉の大陸」を新聞に投稿しましたが、平成30年1月1日現在で不掲載ですので、ここに掲載します。
 割れて沈降し、引きずり込まれた軽いものが浮かび上がり破裂する。面白くて、毎朝しみじみ見ている。
 無調整豆乳を5年ぐらい前から、美味しくて飲んでいる。最近は、青汁の粉を液面に落として飲む。混ぜる前、豆乳の海に、青汁の粉末の大陸が浮かんでいる状態の時、粉末の山がしだいに割れ、小さい島から海に落ち込んでいく、空気も含み落ちていくため、しばらくすると気泡が浮かび上がり破裂する。実に面白い。
 まるで、橄欖岩で構成されるマントルの海に、それよりも軽い花崗岩の大陸が浮かんでおり、冷やされ重くなった玄武岩の地殻がマントル内部に落ちていくときに、近くの大陸を割り、引きずって沈降し、更に軽い水分を含む付加体などが、深部で熱を与えられマグマとなって地上に浮かび上がり爆裂する。その縮図のようだ。
 ユーラシア大陸の東側が、西進し地球内部に落ち込んでいくプレートに引きずられ、大陸から離れて、列島となり、大陸との間に海水が入り込み、日本海が形成され、その列島には地下からマグマが上昇して火山列島となっている。4千万年前から今日に至る「日本海形成に伴う多様な地形・地質・人々の風土と暮らし」をテーマとする、山陰海岸ジオパークの地質学・地形学的なお話を、私に連想させる、青汁の粉の大陸だ。
 そんな、千万年、億万年の、テラの表面の動きを、毎朝、コップの中で疑似的に見せてもらっている。コップの中のような小ささでも、地球のような大きさでも、さらには、直径10万光年のミルキーウェイギャラクシー(天の川銀河)のなかでも、同じような動きが、寿限無の中にある「五劫の摺り切れず」(1劫は40憶年)のように途方もなく、繰り返されていると思う。


2018.11.19「プラスチックを口に入れる」を新聞に投稿しましたが、12月26日現在で不掲載ですので、ここに掲載します。
 アオウミガメを見てきた。山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館の水槽です。クラゲと間違えレジ袋を食べ、胃袋がぱんぱんになり詰まって亡くなってしまう悲しい話を時々聞く。このカメには何を食べてもらうのですかと同館の方にお聞きしたところ「アカウミガメは動物性のクラゲなどを食べますが、アオウミガメは植物性の食性です。このカメにはまだ食べさせていませんが、以前飼育していたカメにはワカメを出していました。」とのことで、クラゲをどうして捕獲してくるのだろうと心配していたが、少しほっとした。アオウミガメなのに赤いところが目立っていた。
 琴浦町の勝田川河口で、ジンベイザメが今月11日に亡くなった。大きな口で海水と一緒にプランクトンなどを吸い込んで鰓耙(さいは)といわれる「ふるい」で濾過して飲み込むサメだ。この若い個体の死因を知るところではないが、各種の海洋プラスチックや、それらが紫外線や波で壊れて小さくなってマイクロプラスチックと呼ばれ、これの密度は日本近海で世界平均の27倍だ。それらは確実にサメに対しても悪影響を与えている。
 2030年までにプラスチックの代替品への切り替えなどを目指した「海洋プラスチック憲章」に米国と日本は、本年6月現在で署名していない。環境省はプラごみ戦略として同年までに25%削減を目指すが、実現しても、カメが4回食べてしまうことが3回に減る程度。
 日本や欧州の8カ国の人の便からマイクロプラスチックが見つかっている。人間が生活する室内の空気中には特にたくさん浮遊しているから、当たり前の検査結果だ。今の人間社会で生きている私も、プラスチックを口に入れざるを得ない生き物だ。
(文字数は、693文字です。)


2018.10.3「国も認める海面上昇」を新聞に投稿しましたが、12月3日現在で不掲載ですので、ここに掲載します。
 今より、2度から4度高かった。何が?縄文時代の気温が。その時に、温暖化による海面上昇があり、縄文海進と呼ばれています。内陸のどこまで、海水で水没したのでしょう。
 西暦2100年の天気予報を環境省が発表しました。東京の夏、44度。そんなに?それぐらい?いろんな受け止め方はあると思います。東京の今年の最高気温が40度あったでしょうか。ありませんでした。つまり、環境省の、2100年、今から80年ほど先の予測として、日本列島は、縄文時代と同じような、若しくは、もっと高い気温となり、温暖化と共に、海面上昇を伴うのではと、環境省も見込んでいると、私は安直に受け止めてしまっています。
 日本の排他的経済水域維持のため、南鳥島を守りたい。それはそうでしょう。海面上昇があっても、国連海洋法条約上で、島は、自然に形成された陸地、満潮時にも地表が水面上にあることなどが定義であるならば、人為的にコンクリートの塊を構築し、島であるとは主張できません。
 日本国の離島を、経済的理由により、守ろうとすることは、海面上昇は、既に始まっており、それを認めたうえで、水没を防ぐ努力は、当面(数十年)の経済的利益を保全しようとするものです。離島対策はそのように進める必要があります。しかし、同時に、いや、それ以上に、対策を展望する必要があるのではないか。海面上昇により、関西空港が、関東平野が沈没していくのではないか。80年後の人々は内陸に押しやられるのか。日本列島のどこの平野も、オランダのような海面下の地域となっていくのか。どうするのか。
 海に面していない国が、高笑いすることになるような、22世紀のように感じてしまいます。


2018.10.23「地方議員の年金問題」地元紙日本海新聞に掲載されました。
投稿日は2018.9.25です。
 やはり、公費投入による議員年金復活には相当な抵抗感があります。
 皆様は、どう思われますか
 掲載日の、本日夕方、30年ほど前に、いろいろご教授いただいた方から、同感であるとの、大変うれしく、勇気をいただけたご連絡を頂きました。ありがたいことです。

2018.9.27「ゴーヤ、まるかじり」
 今年の夏は暑かった。そこで、青いゴーヤのまるかじりに挑戦した。半分に切って、中の種とワタを取り、嚙みつく。外側のつぶつぶからの果汁(?)が口からこぼれ出るほどだ。内側は食物繊維の塊のように多少しわいが、噛みごたえがいい。美味しいと思ってばりばり食べ、調子がいい(ように思う)。熟すと、皮が黄色くなり柔らかく甘くなる。もう、こうなると食べられない。媚びるようで気持ち悪い。種のまわりも赤いもので覆われる。ラジオの子供夏休み教室で、赤いところを食べてみてくださいと言っていたので、意を決して口に入れてみる。甘い。これは鳥が食べにくるものだ。
 20代の頃、沖縄にはゴーヤと呼ばれる苦瓜があり、地元の方の健康に寄与していると聞いていた。在京の学生時代、沖縄料理店で、チャンプルーを頂いた。苦みがあったように思う。
 しかし、ゴーヤも加害する大害虫である瓜実蠅の本土上陸を阻止するため、ゴーヤは沖縄から本土に移入されていなかったので、沖縄に行かなければ食べられない食材だった。そして、沖縄に行くことは、終戦の手前で本土とは比べ物にならない犠牲、そして戦後に本土の米軍基地の押し付けで沖縄に米軍基地偏在の現実があり、訪問させていただくことに、ずっと二の足を踏んでいた。
 それが、検疫的には、平成5年に沖縄県で瓜実蠅の根絶宣言がなされ、その後、本土にも移入できるようになり、本土で栽培される方もあり、特に、今年の夏は酷暑で、何か、滋養のあることをと思って、冒頭のまるかじりに挑戦してみたところだ。挑戦してよかった。
 少し苦い味は、沖縄に対する想いと胃腸のためと、精神的にも身体的にも効用があるように思う。


2018.9.25「米軍訓練ルートを沖縄全廃し、すべて本土に」
 日本国の最高法規である憲法に、軍を保有しないと明記されている。そして、憲法の上位に位置付けられる国家間の約束事である日米安全保障条約で、軍を保有しない日本国の安全を保障するため、米軍が日本に駐留し、日本は基地を提供する。単純明快な理屈だ。
 基地があれば、軍の飛行訓練などもある。当然だ。そして、あってはならないながらも訓練があれば事故は根絶できていない。これも当たり前。必ず事故は発生してきている。問題は、日本国内において基地の所在が偏在し、沖縄に本土が押し付けていると言われても仕方のない現状で、基地の移転について、真摯に、そして決意をもって進めようとする人間がいないことだ。そして、沖縄の皆さんを苦しめてきたものは何か。それは本土の無関心であり、気づかないふりをしていることだ。
 それでは、気づいてもらいましょう。沖縄の轟音を日々体験してもらおうではありませんか。墜落のおそれを身近に感じてもらおうではありませんか。それを感じることが、軍を保有せず、他国に安全を保障されている国の本来の現実なのだ。中国地方でも、複数の訓練の飛行ルートがあるようで、過去には鳥取市内でも墜落事故が発生している。米軍機の事故そのものは、繰り返すが、あってはならないけれども、根絶はできない。事故を風化させず発生を許さない。つまり根絶を声高に叫ぶことの趣旨は訓練ルートにするなということにつながる。結果的に、ますます沖縄集中を促す方向となる。このことを深く認識したい。基地の移転が進まないなら、せめて訓練ルートを沖縄から全廃し、全て本土の上空で行うぐらいの姿勢でなければ、すべて偽善者だ。
 沖縄を苦しめてきたものの正体は何か。それは、本土の無関心であり、そのように誘導してきた日本政府の姿勢である。本土に米軍機の轟音が日常的に響き渡ればどうなるか。本土で米軍機の事故が頻発すればどうなるか。それらは主権者における安保条約への疑問に通じる。日本政府が恐れているのは、かつての安保闘争の再燃だ。当時の運動を抑えるため、時の政府は苦しい瀬戸際に立ってきた。それをヤマトの人たちに再度させないため、米軍や米兵からの日常の生活を脅かす危険を、沖縄に封じ込め、ヤマト(本土)にわかりにくくさせている。そんな理由をもって沖縄に米軍の偏在を進めているのが日本政府である。だからこその沖縄県内の辺野古移設で、本土移設は問題外なのだ。
 しかし、訓練ルートを沖縄から全廃し本土に誘致するぐらいを当たり前に行うことが、日本国民として沖縄の苦しみに沿うことではないか。自由民主党や政府与党の言い逃れは、みっともなくて私は国民として聞きたくない。耳が汚れる。


2018.9.19「地方議員犍陀多様になりたくない」
「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は俺のものだぞ。」かつて小さな命を助けた大泥棒犍陀多が発した、有名で、教科書(だったかな)で読んだこともある、芥川龍之介さんの小説の核心部分です。
 それでは、「国民年金受給者の皆さん。毎年公費を200億円投入しようとするのは、元議員として生活保護を受けないためです。皆さんとは違うのです。」と読み替えて違和感がありますか。私は、根は同じと感じています。おかしくありませんか。なんで、国民負担の公費200億円を投入して、地方議員の皆さんを厚生年金加入扱いにするのですか。議員のなり手不足解消の手段と称していますが、脇道の理屈です。
 自民党と公明党は地方議員年金を復活させる法案を提出する予定です。動機は、国会議員にとって地元に精通し動いてくれる集票機関としての役割を地方議員に果たしてほしい。そのためにつなぎ留めたいとか。国会議員自らも国会議員年金の復活を目指し「退職したら全員生活保護だ。ホームレスになった人もいる。」「国民年金では老後の生活が困難」という主張のようです。
 それでは、7年前、何のために議員の年金制度が廃止されたのでしょう。当時、地方議員年金が「在職12年以上で受給資格、年金額96万円」。国民年金が「受給資格20年、40年継続した掛け金納付で年金額80万円弱」では、議員特権と言われて当たり前です。
 国民年金だけでは食べていけないと認められるのであれば、そして、40年間も、今年なら一人毎月1万6340円、年額20万円弱の国民年金保険料を、ご夫婦二人分なら39万円余りを納付するのに、とても苦労されていると受け止めておられる議員様であるならば、自らに関係する議員年金の対応をする前に、国民年金の充実に努力するのが優先すべき政治課題だと思いますが、主権者の皆様、どう思われますか。私は地方の議員をしていますが、地方議員犍陀多様と呼ばれたくないし、そうなりたくもない。
 厚生年金加入者となれば配偶者分は第3号被保険者として国民年金の納付が不要となります。その負担分は200億円に含まれているのだろうか。議員の厚生年金加入を行うのであれば、公費負担をしないで、使用者負担分も加入者負担とし、公費投入すべきではありません。そして、企業の経営や就労をなされ、兼業されている地方議員も相当数あるようで、現在、既に厚生年金加入されている方もあります。議員としての加入と選択できる制度とすべきです。
 お釈迦様は公費200億円投入のような変な蜘蛛の糸は考えられていないと思います。


2018.9.18「人新海進。関東ネーデルラント」
 私が生を受け、現在、生命活動を行っている場所。それは、地球と呼ばれている惑星の、固体などが表面にあり、その上にある気体状態である大気と言われているものの底であります。
 惑星への、大きな隕石の衝突や、惑星内部からの噴出、地軸の傾きの軽重などによって、恒星である太陽からのエネルギーを受ける量が変わるため、大気の状況は変化し、生き物の生活は翻弄されてきています。しかし、ここ11700年の間は完新世と呼ばれ、最終氷期のあと、温暖で調和のとれた環境を享受してきた。折々には小氷期で、飢饉などが起こってきたものの、ボトムネックほどには生物種の減少はなかった。その完新世が終わり、大きな隕石衝突に伍する影響を、人がこの惑星に与えているため、地質学的に人新世が西暦1950年から始まっているともされている。地質的世代の交代は、生物種の大量絶滅としても現れ、ビッグファイブに次ぐ、現在が6番目の絶滅期に入っていると言われている。
 東京44度、札幌41度とする2100年の天気予報を環境省は公開した。今年、2018年の夏は酷暑で、私の住まう鳥取でも最高気温37度以上あたりが多くあり、夜もエアコンがなければ寝られなかった。全国で暑くて、2100年に最高気温高知県四万十市44.9度と言われても、そうなんだろうなあと思う。いや、もっと高くなるのではとすら思う。そのように思う人がいる見込みがあるからこそ、環境省もこのタイミングで公表したのだろう。
 6000年前あたりに縄文海進と呼ばれる、温暖化に伴う海面上昇があった。温暖化していたときの縄文の皆さんは豊かな生活をしていた部分もあるようだ。しかし、縄文遺跡の場所は、現在の汀線から遠く離れた相当な内陸にある。80年ほど先の東京で44度、数百年先に、現在進行形と思われる人新世による海進、海面上昇はどれほど見込まれるのか。縄文のときのように、人々は内陸に追いやられるのではないか。関西国際空港は、関東平野は、水没するのか。羽田空港や東京の水没を防ぐため、東京湾を閉め切り、オランダあたりのネーデルラントのように、関東ネーデルラントと呼ばれるのか。東京湾閉め切りなど、とても難しい。
 温暖化進行を防ぐためには、大気を汚し太陽からの光を遮る方法もある。惑星内部からの噴出として、日本で最後に起きた破局的な噴火は7300年前。阿蘇山は何万年かの間隔で何回か破局的噴火をしている。意図的に、人類の必要な時に大きな噴火をさせる。もっと難しい。
よほど、現在言われているCO2削減などの温暖化対策が、簡単な方法に思えてくる。


2018.9.16「木村草太教授にしびれました」
 木村草太教授、9月9日の講演後の壇上を去る時に、ほとんどの聴講者が年上のなか(教授は38歳)、両の手のひらを開いて(じゃんけんの、ぱー状態で)、ぎこちなく(失礼ながらそうお見受けしてしまったもので)去られるお姿が印象的でした。
 講演内容は、以前から、各紙の報道で、解りやすくて気持ちよく諸々の問題を両断なされている憲法学者と認識させていただいていたとおり、わかりやすく好感が持てるものでした。
「安倍首相の自衛隊を明記する提案は、深い考えはないと思う。」と言われた趣旨を、わたしが講演をお聞きした上で解釈するに「安倍阿保証明」と聞かせていただきました。先生もそう言いたかったのでしょう?当日は配慮された表現でしたが、だってそうでしょう。安倍さんは、自衛隊を憲法に明記するが、今と変わらないと説明している。そして、憲法改正案の対案は現状維持となる。「今と変わらない」と「現状維持」と、どちらを選べばどう違うのか。こんなことで、850億円の国民投票ができますか。
 安倍さんのやりたいことは、集団的自衛権を可能とするよう、制定した安保法制を憲法上でも是認して欲しいようです。それはつまり、現行憲法に、安保法制が違反していることを認めることとなります。それは、安保法制の論議の最初から指摘され続けてきたことです。最初に憲法改正を提案すべきであったのです。集団的自衛権が行使できる安保法制がある「今と変わらない」という憲法改正提案なら、憲法上では今と大きく変わってくる。
 憲法改正を提案するにあたって、本当に、今と変わらないなら、850億円を投じて国民投票を実施する必要があるのですか。するなら、あなたが負担しなさいと思いませんか、主権者の皆さん。どうでしょうか。


2018.9.14「ナス、食べています」
「なぜナスを食べるのか謎だ」と朝日新聞に中学生の方が投稿されていました。そのとおり。私も、食べる意味が解らないと、ずっと思っていました。「そもそも、人類はなぜナスを食べようと思ったのか。」とも書いておられました。ナスにしても、フキ、芋ずる、基本的な野菜の全般そうなのかなと思います。
 人間は食事の時間に食物を食べます。しかし、動物、例えば、雀はいつも何かをついばんでいます。食べられそうなもののようなものを口にして、たいがいは、ポイと吐きだしているように見えます。いつもいつも、起きている間の多くを食事というか食ができるものを探しています。なかなか無いのです。食べられるものは。栄養があるかどうかは二の次。
 ヒトだって同じ。人の類として700万年生きてきて、そのほとんどの時を食の確保に費やしたと思っていますし、現在で言うところのいわゆる栄養のあるものを、11700年前から始まったとされる温暖で食の確保がやりやすくなった完新世に至るまでは、ほとんど食べてこなかったと思います。
 だったらどうなのよということですが、私の胃腸はそういう雑多で滋養のあまりない飲み込まれたものと生きてきて、それらを利用してきていて、数万年程度では、それらに対する対応は変われないんだと思うのです。つまり、現在で言うところの栄養のあるもののみを消化吸収しようとすると何か支障が出てしまうと思っています。
 ナス食べています。それも丸ごと生でかじっています。美味しいです。それに黒に近い濃いい紫の皮、そして内側に純白の美しいスポンジのような、意外にジューシーな内容物に感動すらします。かじられたところはすぐに酸化して色が変わってきます。生きているのです。早く、酸素のないところ、消化管へ送ってあげましょう。
 10年ほど前から、野菜、大豆食品、魚・肉を中心に食べています。なるべく丸ごと食べるようにしています。特に皮は剝かないでついたまま、キャベツの芯もおいしいです。個人的な人体実験です。最近はゴーヤーにも挑戦して、種を取って丸かじりしています。青いぶつぶつから液が滴り、ジューシーで美味しいと思って食べていますが、家族からも変に見られています。でも、異端は認められ始めると先端になるのですよ。
 どうなっているかと申しますと、だいたい毎朝気持ちよくいいものが出ます。足が温かく冬でも靴下は履きません。体脂肪率は体全体で10%、胴体は5%です。元気そうだと言われています。大腸の役割として、筋肉や脳があまり動かないで熱を発生させない就寝中の体温維持のため、虫垂から種まきされた菌たちが食物繊維を消化し熱を発生してくれている場所と位置付けられるのではと考えています。だから、ナスが腹の下流にある足を温めている。そう思います。お尻から出る、人体に与える影響の大きなものに畏敬の念さえ抱きます。夜の間、体を温めてくれて、ありがとう。


2018.9.14「支店撤退は安倍ノミクスが推進」
 鳥取県日南町にある鳥取銀行生山支店の撤退予定が明らかになり、物議をかもしている。
 地方銀行の貸出約定金利は、この10年間、きれいな一本調子の右肩下がりで、現在の平均では1%程だ。鳥取銀行は5年連続減収、地方銀行の半数程度が預金・貸出などの本業で赤字と報道されている。
 赤字理由の本来の理由は、少子高齢化・人口減少による地方経済規模の縮小と考えるが、支店撤退を直接的に推進しているのは、安倍ノミクスと表向き呼ばれている、黒田ノミクスの金融緩和だ。市場に大量のお金を流し、円安・株高となり、高級車が売れ、東京銀座の路線価はバブル期を超えた。マイナス金利政策で、貸出金利は下がる。
 金融機関が本来得たであろう利益は誰が手にしたのか。支店撤退を防ぐために日南町長や日南町議会が真に要望する先はどこなのか。丁寧な説明を求められている鳥取銀行にしてみれば、私たちも大きく影響を被っていると言いたいのではないか。トリクルダウンの地方での現象の一つがこの銀行支店撤退で、安倍ノミクスが強力に推進している。私の住む岩美町も他人ごとではない。
 5年任期の日銀総裁を再任することは異例のようだ。黒田東彦さんは、尤もそうな理由をつけて、任期中途の退任をすると思う。そして、「まっとうな経済を取り戻した」と言う安倍さんも同様な終わり方をするだろう。二人は一蓮托生だ。金融緩和の中身として、国債を市場から日銀が大量に買い上げて市中に流すのも、買い上げ額を縮小している。もうあまり市中にないからだ。株式市場で日銀が鯨のように株を購入し、多くの企業で大株主となる異例の事態だ。もうそんなに続けられない。それが二人の辞める理由だ。無責任なことにならないことをひたすら祈る。


2018.8.21「ヒトの限界は、人間の知恵で」
「沖縄を苦しめてきたものの正体がはっきり分かった。」「本土の無関心のせいではないのか。」翁長雄志沖縄県知事死去に伴う記事です。「難民であることが苦しいのではない。世界の人々が自分たちに無関心であることが一番苦しい」難民の言葉です。
 ヒトは、150人しか認識できない。それが、人の類として7百万年も生きてきた、生き残れてこれた、関係することができる能力の限界だ。今を生きる人も、ヒトの感覚として、すべての判断は、自分又は自分の集団に関わってくるのか、それとも、その集団を超えた他人事なのかが、個人個人の判断に重要な基準となる。それはそれで尊重したい。
 しかし、人間として、社会を形成し、専門性を向上させ、その利益を享受している。例えば、たぶん300年間ぐらいの活躍と思うが、化石を燃料とした内燃機関の動力を利用した「自動車」と呼ばれる人の移動を助ける道具を、私は自分で製作できない。できる人や人間の組織の力に頼り、その道具の利便性をありがたがっている。なんでもそうだ。高度な文明と言われるものを人は構築してきた。そうであればこそ、人間社会が地球規模に大きくなり各種の利益の享受を広めれば広めるほど、ヒトの認識できる範囲から遠ざかり、ついには、諸々の利益の享受も、その反対の負担も、ほとんどのことが自ら関わることのとても薄い他人事となる。そしてなっている。大事なことは、利益を享受するための負担や、享受できていなくて紛争に発展したり、お亡くなりにならざるを得ない、たくさんの場面をどれだけ受け止められるかだ。
 地中海で決死の決意でごった返す難破船のような船に乗り込むことも、生まれながらに差別されてきて生き残ることさえ困難なロヒンギャの方々のことも、無秩序なソマリアで生きるために沖を航行する船を襲撃することも、そして、日本の戦後に、本土と呼ばれている地域の地元の反対で米軍基地を撤去させ、結果的に沖縄に押し付けていることも、すべて、他人事。私は実感として強くは意識できていない。時々、言い訳のように交流が大事であるとポーズをとる程度。自分ながら情けない。
だからこそ、為政者の方々は、現場に行ってください。私の代わりに。公費を使って。移動して、現場の感覚を受け止めてください。一般住民のかわりに、現場を歩いてください。長靴を用意してもらうのではなく、自分一人でも、特別扱いされることなく、そこの方々と同じ想いをなるべく共有してください。特に、翁長知事を、結果的には見殺したと言われても仕方ない知事会の皆さん。米軍基地集中の問題について、お国の首班者に、解決の気概、姿勢、そして能力もないことは明々白々だ。知事会には、ヤマトの気概を示してほしい。

2018.8.20「地方税の偏在、県内でも」地元紙日本海新聞に掲載されました。
投稿日は2018.7月です。

2016.12.13「6時間の快適ライド」地元紙日本海新聞に掲載されました。
投稿日は、2016.12.3です。

2016.5.8「できる事をと熊本へ」地元紙日本海新聞に掲載されました。

2015.1.29「冬の自然歩道の味わい」地元紙日本海新聞に掲載されました。

2014.9.3「来たときより美しく」地元紙日本海新聞に掲載されました。

2011.10.9「ボランティアで東北へ」地元紙日本海新聞に掲載されました。

2000.3.2「温暖化と降雪 関係がある?」地元紙日本海新聞に掲載されました。