81歳の住職の方が、
今始めれば必ずあの世で役に立つ。
もし人間に生まれ変われば一からでなく生前の基礎の上で頑張れるんだよ
と
15歳年上の方の言葉を聞いて、
挫折した趣味に挑戦されている投書を読みました。
(2020.7.21の朝日。だいぶ前ですが。)
これも、おもしろいことを書かれるなあ。
自らを、「若輩者」とも表現されておられました。
そうです。
いつでも、自分は、若輩者。
何事においても、自分より、上手であったり、感心する行為を行われたり、はっとする言葉を言っていただいたり、それらを、見聞きできることは、ありがたいことです。
やりたいことがあるなら、何の遠慮がありましょうに。
とくに、還暦過ぎたら、もう、めちゃくちゃ?
と、までは、行かなくても、
できるだけ、やりたいことをやればいい。
それこそ、その結果を反省するのも、あの世に行ってからでもいいのかな。
先の言葉にのれば、才能がある人というのは、前世で基礎などを行ってきた人なのでしょう。
ただ、まあ、
あの世とかは、あまり、信用していません。
だって、
この宇宙と呼ばれているところが、138億年前に、ビッグバンとして発生して、
地球と呼ばれる、岩石惑星だって、48億年で、
ヒトなんて、30万年ぐらい?
かりに、あの世があったとしても、
個々の生命体ごとではなく、全体の中の何かを構成する程度のような。
手塚治先生の「火の鳥」にも、そのように表現したところがあったような。
宇宙を構成するもの(?)は、
物質はほんの少しで、
多くはダーク(よくわからないからダークとされている)エネルギーと、
ダーク(よくわからないからダークとされている)マターだそうです。
でも、
そんなことも、どうでもいい。
ともかく、
今始めれば、
あの世かどうかもどうでもいい、
明日か、明後日か、来年か、再来年かどうかも、どうでもいい。
そもそも、明日が確実に来るとは思っていない。
でも、
次の瞬間にでも、
否、
今、やろうとしている姿勢そのものが、
必ず役に立つ。
上手にならなくても、
やってみよう。
人がするのを見るのではなく、自分がしてみること。
そんな前向きな気持ちこそが、爽やかだ。
いつもやっているわけでもなく、
休み休みですが、
それで充分にいいと思っています。
そんなことをおもってしまいました。
「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」