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金などの重い元素を生み出す「キロノバ」

二つの中性子星が衝突する条件を持つ恒星系は、天の川銀河には10例ほどしかないという。

実に100億分の1の確率だ。

などと、

「元素を生み出す宇宙の激しい爆発」(2023年6月号ナショジオ)にありました。


宇宙の年齢は、137億年、

太陽系の年齢は、45億年、と言われています。

それでは、その差の、92億年の間には、なにがあったのか。

あったことの一部ながら、何があったかを証拠付けるものが、金などの重い元素。

なぜ、そんなものが、

太陽系の質量の99%を占める太陽と呼ばれる恒星の回りを廻っている惑星に存在しているのか。

惑星全部を合わせても、1%ほどのなかに、

(まさに、足が接しているこの星のような惑星だって、宇宙のチリのような感じながらも)

太陽が生まれる前の、92億年の間に、

(1回なのか、)2回なのか、(それとも3回以上なのか)

超新星爆発や白色矮星の爆発があり、その際に、金などの重い元素も生成された。

吹き飛ばされたチリたちが少しずつ寄り集まって惑星を構成している。

だから、地球にも、重い元素も存在している。


その92億年間の間には、

今の人と呼ばれる生命達よりも高度な文明を進めた生きとし生けるものがあったのだろうか。

あったのではとも思っている。

ただ、あったとしても、宇宙的爆発により、欠片も残らず、重い元素などの材料となっているのだろう。


恒星の重さ(重力)だけでは、鉄までしか生成されない。

コロノバは、地上の些末な生命達の言う錬金術。

なにか、宇宙の錬金で生成され、貴金属などと、人は有難がっているけれど、

宇宙的には、ワインの澱(おり)や、糟(かす)のような感じさえ受けてしまう。


白色矮星の爆発によって生じる新星(nova)の

約1,000倍の明るさに達することから

キロノヴァ(kilonova)と呼ばれる。

そうです。


人が確認しているキロノバの例として、その候補が、僕たちのいる天の川銀河で、たったの10例ほど?

現在はそうでも、92億年の間には、

もっと多くあったのだろうか。

それとも、もっと少ない?


なにか、人知は宇宙の事実にはるかに及ばない。

それでいい。それがいい。 

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


言葉を覚え始めた幼児が「わんわん」「お花」と言う。

こちらが「うん、かわいいね」「きれいだね」と言うのを待っている。

お返事せずにいようものなら機嫌を損ねてたいへんである。

本書によると、この些細なやり取りの瞬間に、ヒトは六百万年の進化を旅している。

と、書評の初めに書かれていました。


「進化的人間考」長谷川眞理子さん著(2023.4.16読売)です。

同じことの説明で、

幼児は「わんわんかわいい」「お花きれい」と世界を描写する。

しかも、言って終わりではなく、相手が自分の思いを受け取って共有していることを確認する。

つまり、単に発信するだけでなく、心と心がつながったことを自分で確認したいのである。

この入れ子構造の認識が「自意識」を生み、文化の蓄積を可能にする。

とあります。


なにか当然のように感じますけれど、

それは、僕が、ヒトだから、当然と感じるのであり、

ヒトとチンパンジーのゲノムの違いは数%のみなのに、


チンパンジーは、そもそも「話したい」と思わないらしいのだ。

ともあります。


つまり、

幼児が求めている、お返事、自分の思いを受け取ってくれて共有することの確認、

それらを、かれらチンパンジーは求めない。

そう思うと、僕がヒトであるからなのか、ちょっと、不思議。

だから、そのやりとりの中に、

ヒトとチンパンジーの共通の祖先から分化し、

ヒトの600万年(他の本によると800万年(?))の進化の旅程が見えてくる。

そう、著者が述べ、評者が伝えている、と読みました。


他にも、

ヒトは共同繁殖なので、親だけで子育てをするようにはできていない。

食性からみたヒトの適正密度は、一平方キロ当たり1.5匹

男女の脳は性的分業の生物学的な結果か。

などとありました。


どこかの図書館で、お借りして読んでみたい。

著者のご専門は、行動生態学、自然人類学とありますが、

賢い方々が、

身近な幼児の振る舞いなどを用いて、ヒトを説明してくれる。

これはありがたいこと。

ただ、書評のなかに、

思わず膝を打つ発見も多い。

と、書かれていましたが、

それは、学のある評者だから、思わず膝を打たれるのでしょうけれど、

僕が、一回でも、膝を打てれば、それは、今まで知らなかったことや、おぼろげな感じであったことの、文字化になる。

これも、文化の蓄積の、末端。底辺拡大。

でも、文化などと高尚に述べる必要はない。

ヒトにとっては、人として生きている生活の中で切り取れる断面のひとつの理解が深まる。


自分の思いを、他の人と共有したいとすることは、

幼児だけでなく、人すべての、何かしらの思索や行動の動機になっている。

だから、

チンパンジーの社会では、事件にならない事象でも、

人間社会では、大きな事件や、多くの人を巻き込んでしまうことなっていくことだってあるような。

そんなことばっかりだったりして。

そんなんなら、ヒトは、進化しているのかなあ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


考えてみれば、

そうなのだろうけれども、

発掘調査なされて現物証拠を積み重ねておられる方々には、本当に頭が下がります。


「焼け石で探る旧石器時代」(2023.5.23日経)では、

旧石器時代(1万6千年以上前)の集落跡を発掘すると、

しばしば焼けた石(礫=れき)が集中してみつかる。

礫群と呼ばれ、

土器の無い時代に調理をした跡とみられている。

礫群は20~50個のこぶし大の石が集積することが多く、

ほとんどが熱を受けて割れたり赤化したりしている。

石を焼き、その上に植物の葉で包んだ食物を載せて調理したと推察されている。

現在もハワイやニューギニアをはじめ南太平洋各地で見られる石蒸し料理だ。

日常の調理に用いていたことは明らかだ。

などとあります。


熱を加えることで、

食に値するものにする、物理的細分化をより容易にする、そして、消化促進に資する。熱を加えて、栄養素的には失うものがあることも事実ながら、

全部に熱を加えることはなく、

ほんの一部の食材に対する調理。


気候が温暖化してくる以前、

縄文時代草創期(15000年前)の前、

16000年前とは、氷河時代が終わり、温暖化しつつあったのだろうと思う。

食材に熱を加える方法は、

テレビでも時々やっている、南太平洋あたりで伝統調理とされる石蒸し調理。

どれほどの伝統なのか、気が遠くなる。

旧石器時代からのヒトの日常の一部が、そこにあるということ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


いいなあ。

こんなニュースは、とても好き。


「有機EL 希少金属使わず キャノン テレビ用素材、脱中国依存」(2023.5.27日経)では、

キャノンはレアメタル(希少金属)を使わない有機ELパネル素材を開発した。

都市鉱山のリサイクル原料から調達しやすい鉛を使っており、2020年代半ばに量産技術を確立するとみられる。

鉛は「リサイクルの優等生」

キャノンの新素材は 材料コストを最大100分の1程度に抑えられる見通しだ。

などとありました。


鉛といえば、

融点が330度(327.46 °C)くらいで、簡単に溶ける。

簡単といったのは、

小学生の時から、風呂焚きをしていて、

釣りの錘(おもり)を近くの防波堤からいくつか拾ってきて、

スコップの上に乗せて焚口に持っていくと、

すぐ、液体金属である水銀のように、

表面張力のある丸みのある銀色の液体になった。

木箱に流し込むと、焦げ目がついた。

そんな記憶があります。

よく覚えています。


都市鉱山から排出されるマザーボード(こんな表現もとても古い?)などを、

融解して、真っ先に溶け出してくるもののひとつが、鉛だと思っている。

だから、優等生。量も多く使われている。


固体金属のままでも、金(Au)のように、軟らかいので、生(なま)りと呼ばれるもの。

使いやすいので、ローマの水道にも使われ、鉛中毒で、帝国の崩壊が進んだとも聞いたことがある。

日本でも、曲げやすくて、施工しやすい、鉛の水道管のことを記憶されている方もあると思う。

鉛中毒は深刻なので、その心配をしっかり対処したうえで、

キャノンさん、開発してくれて、ありがとうございます。


有機ELのTVは、漆黒が美しい。

関連:至高の暗黒(おもしー216)

でも、

電機店で見てみると、やっぱり高価。


手の届くところまで、価格を押し下げていただけますよう、

キャノンさん、TVメーカーさん、よろしくお願いいたします。

やっぱり、黒は、しっかりと、吸い込まれるが如くの黒でないと。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


チリといえば、ワイン。

サンライズという銘柄を20年ほど前からだったか、

いかにも太陽の恵みたっぷりのフルボディの深い味わいで酔わせていただいてきた。

最近は、もっぱら、1本500円のアルパカだったか。

そんなチリは、送電網の先駆けで、再エネ普及が促進されているらしい。

たぶん、

そもそも南北に細長い国の形で、送電に苦慮されていたのだろう。


「送電網増強、再エネ普及左右」(2023.5.25日経)では、

火力を代表とする従来型の電源を想定した送電網インフラでは再エネの供給と需要をうまく結べず、空間的に市場の分断が生じる現象が世界各地で起き始めている。

再エネの供給に適した地域は電力需要の中心地から離れた土地に集中しやすい

解決策は、再エネ資源が潤沢な地域と需要の中心地の間の送電網を増強し「市場統合」を進めること

(そして、だからこそ)

自由化前まで地域独占企業だった大手電力の子会社に送配電線の系統運用を任せれば、自由化後に新規参入企業に対して公平な競争環境がつくれないことは明白

日本の発送電分離の手法では

市場競争の根幹である送配電線の系統運用が大手電力子会社の子会社に託されたことが問題

などとありました。


言われんとすることは、

僕の住んでいる地方は、中つ国である中国地方。

この地方の大手電力会社は中国電力。

その中国電力株式会社の子会社さん(名前は知りません。)に発電された電力の

送電・配電を託すこととなると、

従来型で既存の電源を中心とした運用を重視し、

新たな再エネ発電との空間的乖離を生じさせやすく、

新規参入が生みだしにくくなる。

それを空間的な市場の分断と表現されていて、

チリのような再エネ普及の障壁となる。

そういうことなのかなあ。


だけれども、

日本では、良くも悪くも、遠隔地の発電所から消費地まで送配電してきた。

端的な例が、福島の原発から首都圏まで。

言われるようなことは、

もっと遠隔な送電のことなのだろうか。

例えば、北海道から首都圏まで。

九州から関西圏まで。

もっと遠くまで?

それなら、

ヘルツの違いをやめることも、規模の利益を産めることのような気がします。

(勿論、具体的な数字はわかりませんが。)

日本の電源周波数は、だいたいと言ってはそのあたりの方に失礼ですが、

フォッサマグナあたりで、東西が異なっていて、送電するためには変換する必要がある。

(富士川(静岡県)と糸魚川(新潟県)を境に東側は50回(50Hz=ヘルツ)、西側が60回(60Hz=ヘルツ))

そんな、周波数が異なる国は世界にあるのだろうか。


まあともかく、

チリのアカタマ砂漠の太陽光で発電された電力をサンティアゴまで送電し各地の電力価格を均した。

日本各地で、再エネ発電が普及となり、その恩恵を日本全土に拡げるためには、

たしかに、既存の送配電を元とした考え方から踏み出さなければ、

再エネ普及そのものが滞ってしまうということは理解できます。


それにより、日本での進捗のスピードが世界に遅れているようなこととなっているのであれば、たしかに問題だなあ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


人間の心を10種類に分類し、その、下(?)から2番目が餓鬼と仏教で諭されています。


「餓鬼草紙」(2023.5.25日経の声が聞こえる)で、

平安時代末期に製作されたという描かれている「餓鬼草紙」が紹介されていました。


紹介文の最初のほうには、念仏を唱える僧侶などから聴こえるとして「声がきこえる」と説明されていますけれど、

この草紙(絵画)が、主に伝えたい「声」は、

「餓鬼草紙」と呼ばれる如く、

やはり、

3匹の餓鬼として描かれた男や女の「声」だと、思います。

着る物などなく、素っ裸の、

その姿は、

痩せこけて、手足や首は骨のようで、目は血走り、頭髪はざんばら、

その一方、腹部は異様に膨れ上がっている。

時折目にする、途上国や戦乱が常在している国の子供の姿が目に重なる。

大人になっても、そのような姿を、人でありながらさらさざるを得ない状況が平安時代末期にはあったということだと解釈します。

さらすなどと、人目をはばかれるその人の状況ではまるでない。

そう捉えます。


人間の心のひとつでありながら、

なぜ、3匹と数えられるのか。


餓鬼とは、眼前の事象に固執する状態だとされていますが、

そんなことは、僕の日常生活の中で、当たり前に存在する。

在る場面では、

僕も、一匹の餓鬼、ということになる。


餓鬼として描かれた男や女の「声」とは、いかなる「声」なのか。

説明では、

水を求めて忍び寄る とされている。

描かれた餓鬼が、目前の事象に固執しているとして、求めているとされているものは、水。


僕が求めているものは何なんだろう。

よほど、描かれた餓鬼よりも罪深い。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


地元の社に、隣の町内会と共同で、

毎日、若しくは、その家の都合で少し先送りもあるけれど、家の順番こに、神社参りをしています。

2・3か月に1度くらいのペースかな?

日参幟(にっさんのぼり)を持って、終われば、幟を次の家の玄関において置きます。


まあ、日常的な管理と言うか、異常がないことの確認と言うか、そんなところ。

自宅から、本殿まで、往復、1㌔メートルぐらいかな。

先日、購入させていただいた、1本歯の下駄。

これで、先日、行きました。

カランコロンではなく、コツコツのような感じ。


まあまあに長い参道の途中には、石段もそれなりにあります。

行きに、石段を、登れば、帰りは降りる。

コツコツコツコツ、歩いている間は、まあまあいい感じと思いながらも、

終わってみると、腹筋と言うか、背筋なのか、体幹に相当な刺激を与えている、そんな印象です。

竹馬に、あまりうまく乗れていなかった少年時代。

手で支えない低い竹馬に乗っているような感じみたい。

帰宅後、なにか、姿勢が良くなった感があります。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


「封印」(2023.5.9産経の朝晴れエッセー)に、

布団の中で声を殺して泣いたこともある。

順風満帆な(ように見える)親友をうらやんだこともある。

だが、どんな思いで一日を過ごしても時は淡々と過ぎる。

そう書かれている部分がありました。


そう。

時は淡々と過ぎゆく の でしょう。

その一刻一刻が、どなたかにとって、途轍も長く感じられていたとしても。


「歓声と拍手の中に 誰かの悲鳴が隠れている」

そんな歌詞の一節が、

『水平線』back number さん の なかにあったのを思い出します。


来月21日は夏至。

暦によると、時刻は、23時58分とか。

もう一月もありません。

朝夕の、日の出、日の入り時刻が、それぞれ、早く、遅く、なっています。

季節は移ろいゆき、

地球は自転しながら公転している。

淡々と過ぎゆくようでいて、

なにか、人々のすさまじい量の想いの重さに、眩暈を感じるよう。

今日の日の出時刻は、4時52分。

本日も、晴れ間のある予報。

僕は、朝日を浴びて、心身共に、リセットしよう。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


「わかることの喜びと難しさ」(2023.5.13日経の書評)で、

書名「数学が見つける近道」

著作者:マーカス・デュ・ソートイさん

が、紹介されていました。

書評者は、森田真生さんでした。独立研究者(?)さんということです。


書評の中ほどなどに、

より短い手続きで同じ結果にたどりつくことが「近道」だとすれば、近道の可能性は、扱う対象について深い理解があるからこそ開ける。

コンピュータよりもはるかに遅く、記憶容量の限られた人間の脳は、いつも切実に近道を求めている。

だからこそ、

何かが「わかる」という経験に、大きな喜びを感じることもできる。

わかることと近道は、表裏一体の関係にある。

人間なら一生かけても終わらない計算を、ほんの半日で済ませてしまうコンピュータには、近道を求める切実な理由もなく、わかりたいという欲動もない。

近道や、わかる喜びは、遅く、記憶容量の少ない人間の弱さの賜物である。

などとされていました。


評者は、コンピュータの気持ちが、お判りになるらしい。

僕には判らない。

ただ、

ヒトである僕は、近道が好きだし、寄り道も大好き。

近道は、新しい発見の可能性がほぼ無いと思っている過程をできるだけすっ飛ばして、所期の目的に早く達することができるし、

寄り道は、想いがけていない新しい発見の可能性がある。

そんな、近道を、切実には求めないとされるものがコンピュータなら、

ちょっと、ヒトとは折り合いにくい。

最先端であっても、今のところは、道具の範囲。


関連:「正解」と「最適解」(おもしー222)


でも、本当に、そうなのだろうか。

段階が上がる、

それも、加速は級数的に。

レベルが高いほど、そのレベルが高くなることは加速する。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


下駄を購入させていただきました。

これが、なかなかに、難しくて。

結局、往復250キロほどを、晴れた日にバイクで行ってきました。

今まで、それなりの販売店様に至れなくて。

境港まで行きました。

「今は在庫の販売ですけど、これから仕入れるものは値上がりします。」

ついでだからと言って、目的の1本歯に加えて、普通の2本歯も頂きました。

目に入った雪駄も、ついでのついでに。

あーあ。

出費いたしました。

96歳のご主人様。戦争もご経験なされた言葉に嘘はないのでしょうが、そこは御商売。

正直そうなところが、また、お口がお上手。

次に伺わせていただくまで、お達者で、お願いいたします。


「はだしで園庭に飛び出すわが子」(2023.5.1産経)のなかに、

寒い時期、お靴を履かないで、はだしで飛び出す子がいても、呼び戻して履かせるようなことはしません。

小学校に上がってから『先生、ボクは何をしたらいいんですか』と聞かなければならないような子になってほしくないんです。

この考え方、息子と56歳差のわが身を振り返り、深く心に刺さった。

はだしでベランダに出てみた。

緩みきった足底への刺激は、たとえコンクリートでも新鮮だ。

新しい発想が生まれそうな気がする。

などとありました。


時折書いていますが、

僕は、ここ10年ぐらいなのかな、1年中裸足生活。

自家用車も、裸足の運転。

きもちいいー。

バイトなどで靴を履かなければならない時だけ、

仕方なしに、

靴下を履き、靴を履く。


自宅周辺の徒歩移動は、下駄か雪駄。

何年か履いていた下駄の歯がほぼなくなり、板を履いている状態だったけれど、

その板が、少しずつ割れて小さくなり、

ついには、鼻緒の部分まで、なくなってしまい、鼻緒がぶらぶらで履けなくなってから、1ヶ月くらいかな。

ですので、やっと下駄を購入出来て、とてもうれしい。

しかも、歯が1本の下駄。

天狗様みたい。

大安の日に履き初めいたしました。

インスタに、新旧を挙げておきましたが、

どれほど踏みつけたかわからないけれど、今までありがとう。

最後は薪ストーブの焚きものになってくださいませ。

これからよろしくお願い致します。

天狗様よろしく、異能の能力を、裸足の足で、新しい発想の元、発揮できたら素晴らしい。

そういえば、

天狗様の団扇のようなものも、沖縄の国頭の道の駅で購入したものがあった。

風を吹かすことができるだろうか。

どこかの高木の枝に座ってみるか。

(これは、やめておきます。)

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


G7を使ってください。

使い倒せばいい。

使われるG7側も、使われることで、開催意義が大きくなる。

明日のことを指し示めすことが誰もできない中で、それだけ、必死なのだ。

関連:敬意を表します。(おもしー312)

   すし好き2位(おもしー308)


僕なら、まず最初に、7以外の招待国であるインドのモディ首相に会いたい。

はたして、午後に来日した、その早々に会談なされた模様。

「和平案へ協力要請 ゼレンスキー氏、印首相に」(2023.5.21日経1面)では、

インドのモディ首相と会談した。

ロシア軍のウクライナからの全面撤退を柱とした和平案実現への協力を呼び掛けた。

モディ氏は会談冒頭、ウクライナ侵攻について「人類と人間の価値に関する問題だ」

「インドは戦争の解決のために取り組んでいく」

などとされています。


あからさまな言葉にはしておられないと思いますが、

ロシアからの安価な原油輸入急増などについて、一時的であっても一定の頭打ち効果はあると思うし、

そんな話をしているんじゃないかと、疑心暗鬼を、北国にもたらす。


勿論、米国。

「ウクライナにF16戦闘機 年末にも投入 米、欧州の供与容認」(同日同紙)では、

バイデン米政権は20日、欧州の同盟国によるウクライナ軍への米国製戦闘機「F16」の供与を容認する姿勢を示した。

とあります。


本年、2023年の年末まで、戦闘を継続させたいのは、それにより利益を得ている者のみ。

戦闘機供与容認姿勢を示すことで、戦闘の早期終結が図られますよう、

年末などと言わず、速やかな戦闘終結を切に願う。


それにしても、

目立たないところで、株を上げたように感じるのは、フランス。

なんで、フランスの政府専用機なんだ。

「極秘調整で被爆地へ」(2023.5.21日本海)に、

ゼレンスキー氏は 

14日にはパリでフランスのマクロン大統領と会談した。

外交筋によると、その後、フランスが訪日用に政府専用機を提供することが決まった。

「戦時下 異例の来日」(2023.5.21日経)では、

フランス政府専用機で来日した。

サウジアラビア西部ジッダから広島県まで約9000㌔メートルの航路を3時間かけて移動した。

ゼレンスキー氏は14日にパリでマクロン仏大統領と会談した際、日本への移動で仏の航空機を利用したいと要請した

ゼレンスキー氏は対面での参加にこだわった。

などとあります。

(米軍による移動だと考えていましたが、これは外れました。

関連:すし好き2位(おもしー308)


マクロンさんも、議長国日本の首相の隣に位置することが多く報道されていて、

気安く手を出している雰囲気もあるみたいで、なにか欧州の盟主みたい。

ドイツの影が少し薄いような。


そして、議長国の、日本。

オンライン参加を要請していたようですが、

なにか、腰が引けていた感じがするものの、

でも、警備の現場が踏ん張っていてくれている。

「首相ときょう会談」(2023.5.21日経)で、

首相は21日、広島市内でウクライナのゼレンスキー大統領と会談する。

会場は平和記念公園の会議場で調整し、

まずはともに公園内の原爆死没者慰霊碑に献花する案を検討する。

滞在中に広島平和記念資料館(原爆資料館)への訪問も想定されている。

などとあります。


日本の首相も、

今回のG7の議長として、

ウクライナの大統領にG7が使われるようでいて、

戦時下の国の大統領を使うことにもなる。

「「法の支配」で新興国つなぐ」(2023.5.21日経)では、

G7はかつてに比べて国際秩序を主導する力が低下した。

振興・途上国からなるグローバルサウスと呼ばれる国々の協力なしでは、

法の支配による秩序も揺らぐ。

などとあります。


議長国として、国際秩序の維持・強化のために、ウクライナ大統領を役者として現場に起用した、世界で注目度の高い役者として使った、とでも思っておけばいい。


広島からの発信は、いくらしても、し過ぎることにはならない。

近い将来に、ロシアの指導者の訪問を受けることができれば、もっと嬉しい。

勿論、中国の指導者の皆さんにも。


そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


良い悪い、それぞれの判断ですが、

僕は、総体的に、良いと思っています。

なかなかできることじゃない。

ウクライナ大統領の広島入りのことです。

関連:すし好き2位(おもしー308)

それぞれの、相当な規模の関係者の方々に、敬意を表します。


「ゼレンスキー氏 今夜来日」(2023.5.20日本海)では、

20夜に来日し、サミット最終日の21日の会合に参加する。

「国益を守るため、大統領が対面で出席することが重要だ」

被爆地広島入りすることで、ゼレンスキー氏は核兵器による威嚇を繰り返すロシアのプーチン大統領の不当な振る舞いも浮き彫りにする

モディ首相(インド)と個別に会談する

サウジアラビアで開かれるアラブ連盟の首脳会議に出席後、米軍機で来日

などとありました。


情報が錯綜している部分や、敢えて明らかにしない尤もそうな理由もあるなかで、

本日の、地方紙における共同通信からの記事や、日経新聞の記事において、つまびらかなことが解からないけれども、

そんなことは、事の太宗を左右しない。

ともかく、リアルに動いていることを、目の当りになさせること。

そこには、力強い動機が有り、立場の異なる部分を包含しつつも、それを支持する面々が集う。

ともかく、戦闘終結。


とてもいい機会だ。

自国民のためには恐れを知らないのであれば、

数日後、近々の訪中予定がロシア首相にあるようだが、そんなことではなく、ロシア大統領も広島入りすればいい。

虎穴に入る。

最前線で戦闘している両国兵士達のように、

政治の最前線の対話を世界中の人々に見てもらおう。

応酬したっていいじゃないか。

曝し者と思われてもいいじゃないか。

議論のすれ違いを、明らかにしなさいよ。

世界の人々に判断していただければいい。

それぐらいの覚悟や国民に対する責務を担っていると、自負するのであれば。

自国民を戦闘で死に追いやっている自覚が深いのであれば。

暗殺の可能性に個人的怖れは排除しなさい。

どうせ、僕も、あなたも、必ず死を迎える。

できるときに、できることをやっておかないと、できなくなります。

どんな機会でも、不利の見込みがあるような時でも、利用できるなら利用すればいい。


しかし、

明日の対面会談は、残念ながら経過の途中に過ぎないものに終わると思っている。

その時で、終結とまでは至れないと思うので。

現今の政治家たちの限界を見るようだ。

議長国の責任者は、開催前より、より重い責務を担うこととなるが、

僕は、

戦闘継続により利益を得ている勢力が、人類の最大の敵のように思っている。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


かっこいい。

僕も、そう言いたい。


「お上の世話にはならん」(2023.5.7産経の朝晴れエッセー)のなかで、

99歳の主人の父が、義兄夫婦の元を出て突然わが家にやって来た。

わが家に来てたった5ヶ月で逝ってしまった。

最後まで新聞に目を通し、食事も自分でされた。

「お上の世話にはならん」と言っていた父は、その言葉通り99年を生きた。

などとされていました。


100歳を前にして、何の連絡もせず、突然に居所を別の親族のところに移す。

これって、相当なことが、その方にあったのだろうと、拝察させていただきます。

また、

出て行けとも言えず、

(とても困ったと思われたのでしょうけれど、)

介護生活を受け入れざるを得なかったお立場の女の方の喜怒が綴られていて、他人事ながら、感謝の念が沸き上がってきます。

最後に「短かったが一緒に過ごせて本当に良かった。今しみじみ思う。」

と 言っていただけて、

全く関係ない、こちらこそ、本当に、ありがとうございます。

そして、15年前のお話しを、今月、投稿なされたということでしたら、

書きつくせない様々な想いを心の中で均していく時間が、必要だったのではと、

こちらも、拝察させていただきます。

重ねて、ありがとうございます。


人が少なくて、

バイトの勤務時間数が、フルタイム以上。

でも、

体が動いていてできる間は、

求めていただけている間は、

無理をしない範囲で、勤労所得を得ることとして、

できるだけ、年金をもらいたくない。先延ばししたい。

それが、今の僕、64歳の僕にしてできる、「お上の世話にはならん」姿勢のひとつの現れ。

99歳の方には、遠く及ばないけれども、

それだって、それぞれの考え方ですが、すこし、かっこいいではないかと、誰も言ってくれないけれど、自認している。

結果的に、年金が受け取れない事態になったとしても、それまで、動けていたことに感謝したいし、

繰り下げによる割増額を受給せざるを得なくなっても、それはその時のこと。

今は、そんな先のことは、何もわからない。

僕の死に場所は、どこでもいい。場所など特にこだわらない。

どこであっても、宇宙のどこか。たぶん地球の地上のあたり。

それまで、自分なりに、少しかっこよく、生きるようにしたなあ。

あくまで、自分なりでいい。

なるべく自由に、少しばかり自分勝手に生きたい、逝きたい分、

姿勢としては「お上や、人の世話にはならん」

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


日本もやりましょうよ。

高額コイン発行。

どこかのお国に、「石貨」と呼ばれる巨石のコインがあって、祝い事の時などに現に通用しているとか。


日常をはるかに超えた高額な数字は、儀礼的利用に用いるぐらいでいい。


米財務省が1兆ドル(約136兆円)コインを発行

(今朝7時前は、137円55銭なので、約137兆5500億円)

というネット記事の記載を読みました。

そんな案もあるという程度の内容でしたが、

いいんじゃないですか。

発行なされれば。

日常的に使えないのであれば、インフレ要因にもなりにくい?

はい、それでは、

日本も、1兆円のコインを1000枚、造幣局に作ってもらいましょう。

それで、日本の赤字国債完済。


米国の高額コインは、貴金属のプラチナで仰々しく作成されるのかな。


日本では、卑金属のアルミニウム1グラムの1円玉の、1と円の間に、兆を入れればいいだけの話。

貴卑の違いがあると金属を人は区別している。

卑弥呼の国に、卑金属は使いやすいのか。

1円玉の旅がらす。明日はどこへ行く。

僕も連れて行ってくれー。

1兆円玉の旅がらすに、旅はさせてもらえない。どこかに仕舞われたまま。


でも、

そんなこと、してもしなくても、今とあんまり変わらないような。

国債は、実質、日銀引き受けなので。


いいんじゃないですかと、記したのは、皮肉です。

高額コイン発行なんて、単なる弥縫策(びほうさく)。

縫い合わせて取り繕うことを、弥縫と言われていて、 

欠点を隠すための、一時的な間に合わせ、といった負の意味で用いられることが多いことから、弥縫の策は、間に合わせの策。


そんな議論なんて、

米国の債務上限問題で、あほらしくて、聞きたくない。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


「皮膚を労わる男性は気付きを得る」(2023.5.13朝日の書評)で、

書名「電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。」

著作者:伊藤聡さん

が、紹介されていました。

書評者は、磯野真穂さんでした。文化人類学者さんということです。


書評の前半に、

私たちは、「ありのままのあなた」というフレーズを妙に好む社会で暮らす。

しかし人間は「ありのまま」が耐えられない生き物だ。

素っ裸に見える民族ですら、刺青(いれずみ)などを用い、必ず体に手を入れる。

なぜか。

それは不安だからである。

人は、幾許(いくばく)かの安心を、そうやって得て暮らしている。

ただ、

その不安を相当程度解消する方法が一つある。

それは、体があることを忘れること。

言い換えるとそれは男性であることだ。

「男女の関係性において、男はあくまで『見る側』であると、多くの男性が思い込んでいる」

「目しか」ない男性は多い。

体があることを忘れている男性は多い。

などとあります。


はー。

よくも、端的に、評していただいていること。


そういえば、

カップルと言うか、アベックと言うか、今の時代どう表現すればいいのか不明ですが、

男女二人が連れ立って歩いていて、向うから、同様なお二人が近づいてくるときに、

果たして、それぞれの目線は、まず、どこに行くのか。

それぞれとは、

どちらのお二人さんも、向かってくるお二人さんの女の方(かた)を見る。

男女ともに、向う側の女の方を見る。

そして、見た女の方は、自分と比較して、あせったり、安心したりする。

だから、どちらであっても、自分の横の男の腕をより近づける。

そして、いつまでも見ている男の目を見て反応をうかがう。

だから、「いつまで見ているのよ」と、言葉にしたり、言葉にしなくても別のことで気をそらさせようとする。

そうどこかで読んだことがありました。

そうかもしれません。

書評を読み、そんなことを思い出しました。


そうか、

男は体がないのか。

目しかない?

(これでは、まるで、男は透明人間のよう。

それとも、耳なし芳一ならぬ、目だけが空中を移動しているバーチャルな世界?)

逆に言うと、

(失礼な言い方になるのかな?)女は体がある。(リアルな世界?)

(女の人しか、男女ともに、目に入っていない?)


体があることを忘れている男性は多い。

逆に言うと、(これも、失礼な言い方になるのかな?)

体があることを忘れることができない女性は多い?


「ありのまま」は、不安だから、刺青などを用いて、体に手を入れる?

それって、「すっぴんでは人前に出られない」とニアリーイコール≒なのか?


好まれるというフレーズの「ありのままのあなた」の「あなた」とは女の人のこと?


なんだか、男性から女性に対する一面的・一方的な面が強いようでいて、

でも、そんな場面も多々ある、いや、ヒトの感情の根っ子のほうに強くある部分であり、

それの上に成り立っている、ヒトや人の社会に生きているのだろうなあ。

特に、ジェンダーギャップ指数どん尻のようなお国では。


消費額において、男女の比率は3対7だと聞いている。

男の3割って、何に使っているのだろう。

実用の能力を大きく超え過ぎた性能の自動車や、

ほんのわずかのようでいて、そのわずかの差に何十倍もの金額差をつけている腕時計など、

そういったモノの所有ができていることで、社会的立場の優位さをこれ見よがしに押し付けるような、見える物、

また、肩書など、

多くは見栄のために使っているように思う。

女の7割の主要な部分は、やはり、生活重視。

そして、先の刺青のように、身を飾るもの

 なのだと思う。


男は、やっぱり、キリギリスでバイオリンを弾かなくてはならないのだろうなあ。

なにも楽器ができない身の程が、悲しい。

そういえば、一昨日の新聞折込だったか、ギターなどの音楽教室の広告が入っていました。

そんなことが気になる僕も、やはり、体が無くて目しかない、変な生き物なのかな。

磯野さんの本があれば、今度、図書館でお借りしたい。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


一気に親近感が大きくなります。

やはり、

同じような物を、好いてくれていて、食べてくれていると知れば。


「「世界2位」すし好きの国で」(2023.5.9朝日の特派員メモ)では、

「ウクライナはすしの年間消費量が日本に次いで世界第2位です」

グーグルトレンドによると、2021年にすし関連の検索が多かった日本を除く世界の都市トップ5に、

ウクライナからオデーサ(3位)、ハルキウ(4位)、キーウ(5位)と3都市も入っていた。

キーウを中心に17軒のすし屋を経営するオクサナ・ティホネンコさん(46)は昨年、キーウを守るウクライナ軍の兵士にすしを差し入れた。

「こんなにたくさん食べたのは初めて」と喜ばれたという。

「鮮度が落ちなければ、東部や南部の前線にも差し入れたいのですが・・・」

などとありました。


ウクライナの人々が、すし好きなんて、そんな印象は全くありませんでした。


ウクライナは海に接しているとはいえ、その海は、黒海と呼ばれ、

僕のイメージは、少し悪い。

海とはいえ、大陸に包含されていて、地中海への出入りは1か所のみ。

日本海のように、深層には冷たい固有水がありながらも、南西と北東側に出入り口の海峡があり、海流の流出入が大きい海域とは異なる。

その海底は、かき回されること少なく、静かで、酸素が乏しく、底が暗く、黒い海。

だから、黒海と呼ばれている と思っている。

そんな海で漁獲される海産物に、僕は、いい印象を持てないまま、

現在に至っているけれど、

この記載を読み、

キーウのおすしをいただける機会があるならば、いただいてみたい。


G7会合を前に、ローマ、ベルリンを電撃訪問され、

続いて、アーヘン、14日夜はパリ、15日はロンドンと、

各国首脳と会談したウクライナの大統領さん。

動いています。

少し、遠いけれども、

その続きで、電撃訪問を、広島にも。

在日米軍基地のある岩国が、ほど近くでもあるので。


そうすれば、上っ面の言葉を連ねるだけのG7サミット参加者に、

行動を目の当りにさせることができれば、

がぜん、平和を求める機運が盛り上がる。

場所は、広島なのだ。

ついでに、広島のお寿司を食べていただこうではありませんか。

日本人の応援したい機運も、急上昇。

米国大統領さんも訪日されるようでもあるし、

関連:17日広島へ?(おもしー307)

アメリカさんに頼んで、別の米軍機で、ロンドンからでも広島往復やってみましょうよ。

ウォロディミル・ゼレンスキー大統領さん、どうですか。

僕ならやります。

もう、そろそろ、否、一刻も早く、停戦を実現させるべきだと考えていますので。

G7参加の皆さんと、ウクライナの皆さんで、一緒に、お寿司を食べて、

一気に、親近感を大きくし、

提供した戦車の部隊の圧力だけではなく、

それらを平和のために行っている各国の結束力を世界に示し、終結を手繰り寄せる。

そんな、G7になってくれたら、すばらしい。


お寿司の力も、大きい。

ウクライナ大統領も、広島のお寿司を、おいしいと言ってくれるに違いない。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


(たぶん、日本政府がお断りするだろうなあ。

警備が無理だとか言って。

日本で暗殺されれば、日本の立場がなくなるなどと言って。

日本人は、生きるか死ぬかの戦争状態であることを、切実には感じていない。

まるで、第1次世界大戦の時のように、欧州の問題であるかのように。

いいじゃない。こんな時こそ在るものを有効利用すればいいよ。在日米軍基地を。

行き来は、その保護下にしておけば、いいじゃないか。

アメリカさんもいい顔ができるし、いいんじゃない?)


「バイデン氏 17日広島へ」(2023.5.14日経)では、

米ホワイトハウスは12日、

(たぶん、米国時間の12日で、日本より、ワシントンは13時間遅い。)

バイデン大統領が19~21日に広島で開く主要7カ国首脳会議(G7サミット)に出席するため、

17日に米国を出発する予定だと発表した。

米政府債務の上限引き上げを巡る協議の難航を受け、

バイデン氏が9日に債務上限問題が「解決するまで、ここにとどまるだろう」と発言し、協議が進展しなければ日本訪問は難しくなると言及した。

10日には「オンラインで参加しなければならなくなる可能性もある」と語った。

などとありました。


米国時間の17日出発であれば、

日本時間の18日到着で、

19日に間に合うというスケジュールのような。


まあ、富裕国クラブのお付き合いに、自国問題で参加できないなんて、

一番大きな大国の沽券にもかかわるのでしょうけれど、

その問題は、世界中に大きな影響を与えるのでしょうから、

ちゃんと、

いやいや、

とりあえず糊塗するしかできないのでしょうけれども、

国内合意を得てからの来日をお待ちします。

まあ、いくつかの、政策の取下げ程度で、手打ちに する なる。

互いの、面子の問題に論点を貶めている。

そう思っています。


少し前ですが、

「来月1日にも行き詰まり」(2023.5.3日経)では、

イエレン米財務長官は1日、米連邦議会の指導部に対して政府債務の上限問題を巡り書簡を送った。

米議会は財政規律を守るため債務に法定上限を設けている。

1月には現行の上限である約31.4兆ドル(約4300兆円)に達していた。

債務不履行を避けるため、米財務省は連邦政府や州政府の予算内で特別な資金繰り策を実施。

政府の資金繰りは入ってくる税金の金額に左右される。

イエレン氏は書簡の中で

「議会が債務上限を引き上げられない場合、

米国の家庭に深刻な苦難をもたらし、

世界的な指導的地位を損ない、

国家安全保障上の利益を守る能力について疑問を呈することになる」と

警笛を鳴らした。

などとあります。


本日現在で、

本当に、米国が債務不履行になったとしたら、

どのような影響が、具体的に見込まれるのか、詳細記事などをお見受けできていません。(どこかにあるのかもしれませんが。)

勿論、僕のおつむでは計り知れない。

2011年に債務不履行の直前まで交渉が難航して、米国債が史上初めて格下げになったようですが、

そのときや、その前後は、世界経済のそれぞれの指標はどうなって、どうなったのだろう。

格下げになっても、すぐ復活して、復元したのだろうか。

動きがある時は、下がるにしても上がるにしても、そのときは行き過ぎが必ずあるもの。


いずれにしても、

米国の債務の上限は、右から上がりで、

宇宙が膨張しているかのように、

マグマが静かに溜まっていくように、

天文学的数字が大きくなってきたし、

さらに、大きくしようとしている。

つまり、上限引き下げの議論なんて、米国の誰も全く考えていないように、考えられる状況では全くないように、感じている。

日本の、膨大過ぎて人の理解を超えるような政府債務は上限を規定することすらなく、ひたすら膨張している体と≒。


決める議会も、提案する大統領も、条件闘争的な話で今回も終わらせようとしている。

そんな、程度 だから、

たぶん、17日に出発なされて、来日は、できるのではないかな。

そう思っています。


当方の住まう地域の天気予報は、

19日が雨模様、20.21日は晴れもあるようなので、

Group of Sevenの皆さん、

終わり良ければ総て良し と言われるよう、

世界の皆さんのために、せめて、そんな会合のまとめにしてくださいませ。

更に進んでいるネット社会の中で、

せっかく、直の対面のお集まりをなされるのだから。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


えー。

ドーパミンを薬で補充できる?

そんなこと、あるんですねえ。


だって、ドーパミンは快楽物質とも呼ばれているし、

脳が分泌するんです。

どんな時かといいますと、

楽しいことをしている時、

達成したかった目標に至った時、

認められたり褒められた時、など。

分泌されれば、さらに、 やる気をが出てくる。

好きなことをして楽しかったりすれば、ドーパミンが出て

また、したくなると脳が判断する。

やっぱり、

どこかで書いたけれど、成功はさらに成功を呼びます。


そんなドーパミンを薬で体外から脳に補充できる?


「脳のドーパミン不足して 薬による働き日々実感」(2023.5.11日本海)では、

パーキンソン病は、 ドーパミンを作る神経細胞が死滅していく病気

作れないなら外から補充すればいい

ドーパミンを直接飲んでも、脳の関所のような所で異物と判断されてはじかれる

前段階の「前駆物質」に”変装”してくぐり抜ける

脳内でドーパミンに変化して働き始める

関所をくぐり抜けた薬が脳内で一気にドーパミンに変わる瞬間をはっきりと体感できる

私的に最も近いなと思うのは、萩本欽一さんが司会を務めているテレビの全日本仮装大賞で審査の点数が一気に合格ラインを超えていく場面

などとありました。


あくまで、お医者様が判断なされての処方としての投薬なのですが、

それにしても、

縦に並んだ点数の棒グラフの明かりが、一気に、合格点に急上昇する様は、

どなたが見ていても、

確かに 快楽など プラスの感情を 感じさせる と 思っている。


何ごとにしても、出来たときや、認められた時は、そりゃあ嬉しいですよ。

昨日の宮原先生の「わくわく感は、眠れなくなるほど」もそうだろうし、

関連:宇宙気候学の開拓(おもしー305)

一気に、

持っているものの相場が上がる、とか、

ギャンブルにしても、一攫千金、万馬券など、

そんな類の単語は、諸々あると思う。

ヒトは、たまにしかなくても、そんな体験をよく覚えている。


たぶん、

ドーパミンを分泌する神経細胞さんは、

いっつも出してくれているわけではないと思う。

出しっぱなしでは、

インシュリンをいっつも出さざるを得なくて膵臓細胞が疲弊してしまい糖尿病が悪化してしまうように、

脳内の神経細胞さんにもお休みが必要。

お休みというよりも、特別な時に出してくれる。

特別な時とは、ほんのたまにであり、日常的ではない。


それにしても、

脳の関所、血液脳関門と呼ばれているようですが、

とても不思議、かつ、すごい。

動脈血として、どくどく送られてくる成分を仕分けしている?

そんなことが、できている ということ。


薬の処方や、その匙加減って、

相当難しいように思う。

(薬嫌いで、栄養ドリンクなども嫌で、たぶん、30年以上飲んでいません。)

レボドパ。

1960年代に開発された、この薬が、外から補充するお薬の名前だそうです。

なにか、ドバっとした効果があるような。

ちょっと、こわい。

でも、苦しまれている患者様には大切なお薬。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


タイトルにした

「宇宙気候学の開拓」は宮原ひろ子先生の業績です。


「年輪から太陽の活動読み解く」(2023.4.30読売の顔Sunday)に

太陽の活動などがどのように地球の気候に影響しているのかを調べる「宇宙気候学」を開拓した。

太陽の活動は通常、約11年の周期で強弱を繰返す。

だが、地球の気温が下がった17~18世紀は、その周期が約14年と長めだった

周期を明らかにする「道具」は、木の年輪だ。

放射性炭素の量を調べる

1枚づつ削って分析する地道な作業だが、

「証拠を見つけたときのわくわく感は、眠れなくなるほどで、他には変えられない」

現在取り組むのは、中国から取り寄せた白と茶の縞模様が残る石灰岩の分析

数十万年前までの太陽活動などを1年ごとに読み取ろうとしている

などとありました。


水素原子から電子が剝ぎ取られH+の水素イオンになる

剥ぎ取るエネルギーは、太陽の表面の大きな爆発のようなコロナと呼ばれる100万度以上の熱エネルギー。

太陽系の重量の99%を占める太陽の強い重力でも、

生成された水素イオンなどを繋ぎ止めることができず、

太陽と呼ばれる恒星は、太陽系空間に放出している。

その量は、毎秒100万トン。

それが太陽から来る風、太陽風。

その水素イオンが95%を占めている太陽風と呼ばれるものが強くなると、

地上の送電網が広いアンテナのようになり、大規模な停電を起こしたり、

宇宙空間の衛星の機能を破壊したりする。

11年ごとに、その強弱が観測されている。

ちょっと横道でした。


ともあれ、

太陽系第三惑星である地球の環境は、太陽系の恒星である太陽に強い影響を受けていると、

僕は、そのことを、感覚的というか、概念的というか、当然のことのように受け止めるけれども、


地球の気候に与えた影響を、

木の年輪1枚1枚から分析していただいて、

証拠を示され、

地球の気候が太陽活動に影響を受けているとする宇宙気候学を開拓いただけた先生が、

冒頭の宮原ひろ子先生。

研究され、証拠をおおやけにしていただいて、ありがとうございます。


先生の、

「わくわく感は、眠れなくなるほどで」は、

すばらしい。


やっぱり、好きなことって、最強だなあ。


そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


おもしろいことを書かれるなあ。


「お姉ちゃん」(2023.5.6朝日のひととき)に

同い年の夫から「お姉ちゃん」と呼ばれている。

この前買った体重計の「体年齢」のことらしい。

私は、夫よりも五つも「年上」だったのだ。

ことあるごとに「お姉ちゃん」と呼んでくる。

悔しいったらありゃしない。

打開策を取った。

おやつを控えめにしたり、運動を始めたり、

夫にたくさん食べさせたりした。

とあります。


さぞかし、仲良く楽しみながらも、お「悔しい」のでしょう。

御投稿までなされて。

掲載謝礼の千円?三千円?を、握りしめられて、有効にお使いなされることを。

夫様に、たくさん食べさせた?

それは、ちょっと、筋が違ってくるような。

でも、総じて、

ご馳走様のような投稿だと解釈しようと思います。


僕も、

お風呂の後などに、タニタさんの体重計に立っています。

両手を伸ばして測定するやつです。

「体内年齢」

あります。

測定結果は、満年齢マイナス15歳。

いっつもそう。

壊れているのかしらん。

もっと、上限下限なく表示して欲しい。


バイト先の相当歳下のお姉さんが、なになにの温泉で「体年齢」を測ったところ、50歳だったと数カ月前だったか言っていた。

僕のそれは、49歳なので、

僕も、「お姉ちゃん」と呼べるのかもしれませんが、

それは言ってはならぬこと。

投稿なされた方と夫君のような、身の近い人ではない。

バイト先の人環境もいささか繊細なり。

ああそうですか と 軽く聞き流しておいた 体(てい)にしておきながらも、

そうなのかと 忘れずに、よく覚えているなあ。

そんなことを、ご投稿を読んで思い出した。


今日は100円バスで一番遠くに行ったら、歩いて帰ろう。

投稿されたお方様は決意も新たになされています。

あまり、頑張られませんよう、

好きなことの継続の結果で、そうなられますことを。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


体内年齢の説明です。(タニタさんのHPより)

■ 同じ体重でも、体組成により体内年齢が変わります。

同じ体重でも体組成により、体内年齢が変わります。筋肉量が多く、基礎代謝量が高くなるほど、体内年齢は若くなります。たとえば実年齢が40才であっても筋肉質で基礎代謝が高く、20代の基礎代謝基準値と同じ場合には、体内年齢も20代の計算になります


為替の呼ばれ方がよくわかりません。


例えば、


いついつの東京市場で ドル・円は反落


という言われ方があれば、

反落ということなので、安くなったのだろうけれど、

ドルが安くなったのか、円が安くなったのか、

素人の僕は、どっちなんだ、

どっちが安くなって、どっちが高くなったのか、わからない。


続いて、

これこれに発表された米のなんとか統計の内容を好感したドル買いが先行し、

一時〇〇〇円まで上昇。

しかし、ドルはその後、上値の重さを意識した売りが強まり、

その日の朝方の安値を割り込み正午にかけて〇〇〇円台に下げた。


と、ありますので、

なんとか統計を受けて、

一旦、ドルが買われ ドル高円安 になった けれども

ドル高の行き過ぎなのかなとの思いから、朝方の安値を下回り、

下回ったままで その時の取引を終えた。

つまり ドル安円高になって終わり ということのようだなあ。


そのことを、ドル・円は反落 と 表現しているということ?

つまり 先に出している ドル が、

後に付けている 円 に対して

反落した ということ?

それなら、簡単に、ドル安円高と言ってくれれば解かりやすいのになあ。

なにか、そんな表現をする理由があるのかなあ。

一旦、上がったから、そう表現しているのかなあ。


逆に、

ドル・円は上昇 とか 円・ドルは反落 などと言われても、

なんのことなのか、すっと入って来ない。


昨日の21時過ぎ、米国さんのなんとか統計が発表されていて、

135円30銭あたりから、134円40銭あたりに棒グラフが急落しています。

つまり、ドル安円高の動きのようです。

円がドルに比べて安全な資産であると?

貴金属などもどうなのかな。

なにか、朝になって、つまり、後から見れば、動きがありますなあ。

関係なされている方々の、一喜一憂ではなく、多喜多憂なのでしょう。

それも、一晩中。

睡眠時間の確保をなされることを。

大リーグで大活躍でMVP候補筆頭と呼ばれる大谷翔平選手は、10時間お眠りになられているとか。


素人にもわかりやすいようにしてほしいなあ。


僕の昨日から今朝までの睡眠時間は、8時間でした。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


知らなかったなあ。

体内時計にもいろいろあり、

それぞれをリセットされているなんて。

ヒトの体って、各部がバラバラのようでいて、また、統率されているようでいて、

けっこう厄介みたい。

よくやっているよ。ほんとうに。

司令塔から言わせれば、なかなかに、言うことを聞いてくれない そんなのだろうか。


「朝食でリズムをつける」(2023.4.22朝日の元気にキレイ)では、

脳の視床下部の視交叉上核(しこうさじょうかく)という部分にある「中枢時計」は、

太陽の光が目(網膜)を通じて入ると「朝になった」と脳が認識してリセットされる。

肝臓や肺、腸など各臓器もそれぞれに「抹消時計」を持つ。

抹消時計がばらばらに動くと病気を招いたり体調を崩したりするもと

中枢時計が司令塔となって全身に「いま何時」という情報を送り、体内時計を調整している。

光の刺激にあわせ、食事のタイミングや内容をうまく使えば時計をスムーズに動かせるため、起床後の最初の食事(朝食)が大きな役割を果たす。

などとあります。


腸からすれば、生命体の最初に必要とされた器官であり、

免疫などや、外の生物群(腸内細菌など)との付き合いも含めて、手いっぱい。

後から、出て来て、大きな顔をしている、脳なんかの、言うことなんか聞くものか。

でも、消化するべきものが入って来れば(食事をされれば)、

話は別。

(朝日の)光の刺激にあわせ、食事のタイミング(を、その後などに合わせて)や内容をうまく使えば(末梢の)時計をスムーズに動かせる(合わせられてしまう)


時計を合わせるって、

つまり、他人同士なら、他人のペースにあわせるということ。

自分のペースが間違っているなんて、言われたくないけれど、

それを、朝日で司令塔がリセットされ、、

(本当に、脳が、いろんな意味での司令塔なのかは、とても疑問に思っていますけれど、)

食事などで、身体全体の時刻リセットのしやすさを応援する。


たぶん、言ってもなかなか聞かないので(情報を送っても)、

食事で、腸を黙らせて、

深呼吸で、肺を目覚めさせて、

食事で吸収された栄養素などを門脈を通じて送って、肝臓に呼びかけて、

それぞれ五臓六腑の言い分もおありなのでしょうけれど、

ここは、地球の自転(日の出)に、皆さん合わせましょう。

あんなこんなで、それぞれの抹消時計を合わせているんだろうなあと。


そうか、

胸腔や腹腔に鎮座まします内臓と呼ばれる器官は、

肋骨や腹筋などで、大事にしまわれている分、

そこには光が届きにくい。

生命体の外部の情報は、

五感の多くがその主要な感覚器(目や鼻など)を集中させていて、

かつ、その感覚器で得た情報の交通整理をする機関(脳)を近く置いている

いわゆる、頭部のあたりのことを、

それ以外のところが、聞かざるを得ない。

そんな感じ。


そういえば、

僕の、腕時計も、しばらく時刻合わせをしていないなあ。

(腕時計ですが、手首に巻き付けることが嫌なので、ベルトにつけています。)

少々ずれているぐらいが、幾分、気が楽なような感じもします。

(たぶん、それなりに、人間社会のペースからズレているのでしょう。

こんな僕のような人の体内時計を、人間社会の時刻に合わせることは、

とても困難なような。

単なる頑固で意固地なんですが。)

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


日本で言えば、

独占禁止法違反。 ということなのでしょうけれど、

その 独占度が高まっても、業界全体の存亡につながるような危機感がある時は別、

そんな感じなのかな。


「米政権、苦渋の救済」(2023.5.3日経)では、

米JPモルガン・チェースが1日、

経営破綻したファースト・リパブリック・バンク(FRC)を買収した。

米バイデン政権は預金者保護などに税金が投入される事態を避けるため、

銀行不安がこれ以上広がらないようにすることを優先。

米銀最大手のJPモルガンがさらに規模を拡大させる異例の取引を認めざるを得なかった。

米議会が1994年に成立させた法律では、

銀行が買収などにより米国内で10%以上、州内で30%以上の預金シェアを持つことを禁じている。

すでに全米シェアが10%超のJPモルガンは通常であれば銀行の買収はできない。

などとありました。


このことから、冒頭に書いたように思った次第。

今年3月の大盤振る舞い。

破綻した複数の銀行は預金保険基金の残額内で保護対象を超えても全額保護(それとも、税金投入?)したけれども、

これ以上は、もう無理。

関連:1.27%(おもしー294)


大き過ぎて潰せないのではなく、

対象が多すぎて、軒並み潰れては、業界の存亡につながる。

そんな時に、事業体の大小なんて、かまっておられない。

だから、苦渋の救済というよりも、

買収した銀行を通じて、銀行業収縮のソフトランディングを図る。

そういう方向性のように感じます。

今後は、法律の頸木から解放されたかの如く、

破綻した銀行が出て来れば、最大手なのかその次やそのまた次なのかの買収が行われる。

金融不安は、銀行寡占状態の高進という代償を払いながら、

つまり、複数行の各支店等の統廃合を進める見込みが出せるなかで、

預金保護の限界を露呈しつつ、当面は収束していく。

そう思います。


そもそも、

銀行業って、

申し訳ありませんが、他人のもうけの、上前をかすめるようなもの。

必要悪の部分も相当あると思う、

そのシステムの、縮小と言うか、社会的合理化と言うか、

マネーが溢れかえる社会の中で、

金利上昇に伴う債券価格の下落の、この機会を利用して、

銀行って、見直されてもいいのじゃありませんか。

社会全体でのコストが相当軽減されると思います。


チャットGTPさんなるものに、今度聞いてみようかしらん。

(どうすれば、聞いてみることができるのかは、今のところわかりませんが。

世間の流れに乗っていませんなあ。)

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


40代に、腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けた者として

(20年ほど前のこと)

骨盤とその上に在る脊髄、

特に、

診断いただいた箇所である脊髄の下部である腰椎あたりのことは、

今でも、気になる。


痛かったなあ。

歩けないし、動けない。

無理してトイレにたどり着いても、出せない。

2カ月の入院で保存治療を。

それも2年ぐらいの間をおいて、もう一度。


「骨盤の傾きが意味するもの」(2023.5.6日経の元気の処方箋)では、

骨盤にはつなぎ目が2つある。

仙骨と左右の腸骨との間にある仙腸関節と

左右の恥骨との間にある恥骨結合

人体で最強クラスの強固な靭帯が張り巡らされている骨盤は頑丈で、

仙腸関節と恥骨結合の可動域はそれぞれ僅か2度、1度程度にすぎない。

関節の表面は通常は滑らかだが、仙腸関節の表面は凸凹しており摩擦抵抗が強い。

同関節は進化の過程で可動性よりも固定性の役割を担ってきた関節といえる。

医学的には日常生活で骨盤が歪むとは考え難い。

上にある背骨や下にある股関節の柔軟性や筋力のアンバランスによって骨盤の傾きは生じる。

骨盤の歪みから不調が生じるのではなく、その逆で背骨や股関節の不調が骨盤の傾きとして表れているだけ

骨盤の傾きは悪者どころか、むしろ本当の原因を教えてくれる存在

などとされています。


そうなんだよなあ。

痛かったあたりから、不思議だった。

仙腸関節。

本当に、関節なのですか?

関節といえば、折れ曲がったりして、動くところ。

日常的には、そんなところに、関節があるとは感じない。

その仙腸関節は、関節と呼ばれてはいるものの、固定性の役割と書かれていて、納得です。

そして、左右の腸骨に、仙腸関節を介して仙骨が強く支えられ、その上に背骨がのっかっている。

そこらあたりは、

人体で最強クラスの靭帯によって、頑丈であると。


骨盤って、なんだかすごいなあ。


退院後も長い間、右足の小指のあたりにしびれが残っていた。

ただ、

最近、なんだかそれをあまり感じない。


体幹の真ん中を貫く背骨、股関節の柔軟性、筋力のバランス。

これらに、良い影響を、昨年からの運動が与えてくれているように思う。

突きにしても蹴りにしても、手足を先に出すのではなくて、先に動くのは腰あたりで、

その動きに手足がついてくる、そんな感じ。

上手くできていないけれども、

先生は、よく見てくれていて、指摘していただける。

そんな動きが、バランスや体幹に、目立たないところで効果を与えているような。

でも、連休で、練習も空きができて、自主練もどこへやら。

まあでも、年も年なので、ぼちぼちにしながら。

これでいいのだ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


いい感じで、気持ちよく毎日書き連ねているので、

言及したくないけれど、

あんまりなので。


「領収書を添付すれば、ふさわしくない使い方が明らかになり、手取り減につながりかねない」


そんな自覚があるならば、

手取り減につながりかねない などと 悠長なことをのたまわっている場合ではありません

即刻、受け取り拒否ではありませんか。

過去にさかのぼって、返還ください。


このような人々を、さもしい人と呼んで、不適切とは言われない。そう思います。

関連:さもしい国にならないで。(おもしー296)


さもしい などと 優しげに言うのではなく、

もっとはっきり書くべきだ。

泥棒集団 だと。

しかも、国費からの泥棒。


「旧文通費改革 自民及び腰」(2023.5.6日本海)から、「」書きを引用いたしました。


選良と呼べないなあ。

これでは、選悪と言われても仕方ない。

選する側の色合いを、色濃く反映してしまうから、致し方なく。

選悪が悪である原因は、

悪を放置し許容し、そんなことでいいとしている、

選する側の住む人間社会にある。


あーあ。

選挙行きたくないなあ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


銀行破綻が相次ぐ現状について聞かれたパウエル氏は

「我々が間違いを犯したことは十分に認識している」と述べ、

監督責任を認めた。

「米、金融不安を止められず」(2023.5.5日経)のなかにありました。


パウエルさんがどんな方かは知りませんし、

「我々」としている所属や主体が、具体的に、どのあたりのことなのか、

規制を緩めた前大統領あたりのことも含めているようにも見受けられますが、

ともあれ、

監督責任を認めたと報道されている。


ここで思い出すのは、

関連:何の反省もない(おもしー273)

姿勢として、真逆に感じる。

人であり、人間であるならば、どちらが素直であり、

それが、人間として、共有しながら対処しようとする生き物群には、

結果的に、どちらが好結果をもたらすかは、

自明の理だと、

僕は思っている。


ところで、

米国は利上げをして金融引き締めを図っている。


金融不安が銀行の融資姿勢の厳格化

パウエル氏は前回の会見でこの影響が1回分以上の利上げに相当すると言及した

今回は「正確に言い表すのは難しい」と言葉を濁した。

とも、

「米FRB、0.25%利上げ」(同日同紙1面トップ)にありますが、


それなら、正確でなくとも、

今回の、0.25%の利上げは、

1回分を加えて、

実質、0.5%の利上げに相当するくらいの金融引き締めと見る向きだってある。

どんどん離されていくなあ。

経済の全体のために、伸びていく、淘汰なされていく、

それを現実としようとする、しようとしない、

どちらが、より、人類の明日に貢献するのか。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


長い間、脳細胞は大人になると死滅していく一方だと考えられてきた。

ところが近年の研究から、新しい経験や情報を得て脳に刺激を与えることで、

神経細胞の一部は分裂し、新たにつくられることが分かった

新鮮な感動は、脳にとって大切な刺激になる。

などと

「脳の働きを持続する」(2023.5.3日本海の歳々元気)にありました。


記載のとおり、

脳細胞は減っていく一方だと、従来から、いろんなところに書いてありました。

近年の研究ということですが、

あまり、蓄積され、検証を深めたものでないのかもしれませんが、

僕は信用します。


なぜって、

臨場感のあることは、生きてる感が強く、脳が活性化されるように感じていますので。

この、今、確実に生きている、そう感じることは、

年齢がいけばいくほど、その身体に影響を与える度合いが増してくるのではないか。


例えば、

大型バイクでのコーナーの旋回。

下をちらっと見れば

(目線は先を見ているので、ほぼ、見ませんけれど。見ればそっちに行ってしまうので。)、

こければ、

アスファルトはやすりのように身を簡単に削いで、

道路構造物が容赦なく生身の体(成人男性の体の水分割合は6割ほど)に激突して破壊してしまう。

一巻の終わりとなる。

旋回すると車体が傾き地面が近い。

流れていくようにしか見えない路面は、後方に飛び去って行く。

こんな時、生きてる感が強くあり、脳は、確実に活性化されてくると感じる。


例えば、

利殖でも何でも、自分がそうなるのではと、財の一部を任せたとき。

刻々と動く相場。上がるのか下がるのか、そうだからこうなるのではと思っていても、その動きは全く解らないことが多い。良いも悪いも、以外な動きが、脳を刺激する。

ギャンブル性というのは、そういうこともあるのでしょう。

ギャンブル依存症と呼ばれることがありますが、

そうかもねと想定した動きから、反対の方向など、

目前で、動いているところに脳は活性化する。

依存症と呼ばれることは、そういった脳の活性状態を求める部分もあったりして。


脳はいくつになっても活性化できるという。

そうとも書かれていますが、

明日よりも今日は、確実に1日若い。

でも、若いかどうかよりも、やるかやらないか。

臨場感のあるリアルな場面が、ヒトの取り組みを深め、ヒトの脳の神経細胞を分裂させる。

だから、

やってみたいことは、できるだけ最優先に。

年齢がいけばいくほど、もっともっと最優先に。


敬愛する和田秀樹先生の著書の広告が今日も日経1面の左下に載っています。

(ここは、結構目立つので、広告料もそれなりなのかな。)

60歳からはやりたい放題

広告文では、第2の人生を楽しむためのターニングポイント! と、あります。

宣伝とはいえ、その気になってしまいますです。

続々重版とのことですが、高齢化が進む中で、相当な売れ行きではないかと拝察いたします。

僕は、図書館にて、発売日より少し遅れても、借りて読ませていただきます。


あれ。先生の御本は、何を読ませていただけたのだったかな。

忘れている。

僕の脳の細胞分裂は、まだまだ足りないなあ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


なんとも。

止めて欲しい。

そう言われれば、

そんな問答がTV画面から流れていたような。

そして、

あまりいい気持になれなかったけれど。

他人ごととして聞き流していたけれど。

これじゃあ、

この国が、さもしい国だと、訪問なされた人に受け止められてしまう。

そんなことになって欲しくない。


なにって、

2023.5.3日経の春秋では、

「日本でいくら使う予定ですか」

聞かれるのは買い物の予算。

100万円と答えると喜ばれる。

間違っても正直に10万円と言わなくていい。

要はリップサービスだ。

この種の質問を

「気分が良くないと感じている旅行者も大勢いる」

「何とも失礼な質問」

などとありました。


さもしい質問であり、あさましい行為であり、

質問する側、質問される側、双方にとって、

また、

それを聞かされる、その国の人々、当事国以外の人々、皆さんにとって、

心地よくない。

そう思う。


さもしい とは。

態度や様子などがみすぼらしい。

身分や地位が低く、いやしい。貧しい。見苦しい。

心が卑しい。品性が下劣である。あさましい。

などと説明されています。


質問する側が、自らを卑下している感が強い。

質問される側に、物を買うという表面的な優越感があったとしても、

そんなことを求めて訪日されたとは思っていない。

主には、行ってみたかった国である日本に、

現地で求めることは、

行きたいと思った動機の確認だと思っている。

モノとして見た目で終わることは、付随する部分だと思いたい。


だから、

訪日して、最初のあたりに聞かされるのが、

「いくら・・・・?」

これでは、滅入ってしまう。幻滅と言ってもいい。

日本を、美化していたのかな?

来て見てそう思った。

いやいや、そう思っていただきたくないのです。


行ってみて、やっぱりよかった、

どなたにも、思って欲しいし、

自分もどこかに行ったとき、そう思いたい。


地元産の赤いワインを、買わせていただいて、その横の、

暖かい日差しの教会広場の片隅で、お昼過ぎ。

地元のスーパーマーケットの日用品売り場にあったワインオープナーの使い勝手がとてもよかった。

(今でも使っています。)

これもまた、地元産のソーセージを簡易ナイフで切り取り、口に入れて。

居合わせた同行の方に、お勧めしたところ、一緒に楽しく飲めた。

遠くまで見渡せる小高い丘の上、小さな街に柔らかく流れる風。

観光客相場のワイン価格だったのだろうけれども。

それはそれでよし。

そんなことを思い出した。

値段は聞かれることではない。

そこでの、それぞれの楽しみを、どなたにも。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


メエェェー。

そんな感じの啼きかただったかな。

近所の家の方が、近くの空き地の柿の木にひもでヤギを繋げていて、

2メートルほどのひもの長さよりも遠いところの草の葉っぱを手でちぎって持ってきて食べさせていた。

ヤギにも好き嫌いがあるようで、

よく食べる葉っぱもあるけれど、嫌がる葉っぱもあった。

今、思うに、

草にも、自己防衛で、食べられないための毒を含むものなどがあったのかも。

半世紀以上前、小学生の頃の話です。


何故、ヤギなのか。


母は、ヤギの乳で育った。

あごのあたりに長くなる髭のようなものがあると自慢していた。

そして、というか、だから、というか、私にも髭のようなものがある。

そんなことをうれしそうに話す知人がいた。


ヤギのミルクからチーズをつくりたい

ヤギのチーズづくりは「農業を改革したい」と話していた父、忠雄の意思を継いだ事業

「家族の念願 三女がかなえる」(2023.4.30日経の私の履歴書)にありました。


何故、ヤギなのか。

たぶん、ヤギに、助けられた。命を救っていただけた。

そんな重い想いが、確実に、あった、ある、と、僕は思っている。

端的に言えば、

母親の母乳の代替乳をヤギに求め、多くの、人の乳児の命をつなげてくれてきたのではないか。

そんな感謝するような想いを、記憶のどこかに大事にしまっておられる人々が、ヤギにこだわりたく、大事にしたい、そんなこともあるように思っている。


田舎でなくとも、どこにでも、

子安神社とか、「飴買い女房」など、

お子様、特に、乳児に対して、その母親が授乳させることが当たり前のようにみられる中で、

(今では、粉ミルクがあるので、失われた単語かもしれないですが)

貰い乳と言われたりするけれど、それは、けっして簡単なことではなかったと思っている。

苦労なされた母親の方々は、とても多かったのではと。


ヤギの乳質はウシに近く、乳量はヒツジよりも多い。

明治以降、日本でも数多くのヤギが飼われ、「貧農の乳牛」とも呼ばれた

そうです。


ヤギはウシよりも小さく、与える草もウシほど多くない。

空き地の草でも育ってくれる。

体重も、ウシに比べれば、ヒトに近く、ヤギの乳はウシの乳よりヒトにあっているのかもしれません。

(でも、僕は、以前、ヤギのチーズを買いましたが、結局、全部は食べきれませんでした。ヤギさん、ごめんなさい。)

明治から昭和の中頃あたりまで、

人口増(出生数の大幅な増)のなかで、

悲しすぎる物語になることを救ってくれたヤギ様が多くいてくれたのではないか。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


そういうことか。

それなら、不安になってしまうのも、よく理解できる。


保険で保護される預金額(推定)に対する

預金保険基金残高の比率(積立比率)は

2022年12月末時点で

1.27%だった。

基金残高が枯渇する懸念

「米銀の預金保護システム」(2023.5.2日経のきょうのことば)にありました。


その上に在る記事、

「預金流出、当局想定上回る 預金保険 顧客が不安視」(同日同紙)では、

シリコンバレーバンク(SVB)破綻後に米金融当局は預金の全額保護を打ち出したが、顧客から預金保険制度の限界を見抜かれて預金の流出を止めきれなかった。

米地銀ファースト・リパブリック・バンク(FRC)が1日に経営破綻した。

3月のSVB破綻後、預金保険の対象外となる大口預金比率の高さや金利上昇で含み損を抱えた資産の大きさへの警戒感から、FRCは急速な預金の流出と株価急落に見舞われた。

FRCの預金保険対象外の預金比率は22年末で7割近かった。

預金保険基金も底をつきかねず、「全額保護」がいつまでも適用されるとは限らない。

米銀全体の預金は18兆ドル規模で、25万ドルまでの保護対象の預金だけで約10兆ドルある。基金の残高は保護対象の預金の1.3%弱にすぎない。

(この、1.3%弱が、上記の1.27%で、これをタイトルにいたしました。)

などとありました。


つまり、

顧客が不安感に襲われる理由は、

まず、

預金保険の対象外となる大口預金の心配。

次に、

預金保険の対象となる預金の確保。

ですが、

どちらにしても、

銀行破綻が続けば、同じこと。

預金保護システムも、信用しすぎてはいけない。預金先の金融機関を見ていなければ不安。

そんなところ。


「米地銀FRC破綻 JPモルガンが買収」(同日同紙の1面トップ)では、

FRCが米国に持つ84支店はJPモルガンの支店として1日に営業を再開する予定という。

とありました。


えー。

破綻したその日のうちに他銀行が買収して、買収銀行としてその日のうちに営業再開する?

なんとも。

素早すぎる対応であられます。

ともかく、1日でも、営業空白期間をつくりたくない。

そんなことをすれば、金融不安爆発のトリガーになる可能性だってある。

そんなことを、金融当局の方々は考えた?

まるで、スイスでのドタバタみたい。

関連:地球は回転し、そして滑らかで順次に朝が来る。(おもしー261)


日本での、各銀行の比率はどれくらいなのだろう。

ディスクローズしてくれているのだろうか。

ちょっと、今日は、そこまで調べることができませんでした。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


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