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きちーんとした筋道(おもしー173)

(2022.12.30日経の春秋)の冒頭で、

「おじさん、大学へ行くのは何のためだ。」

受験勉強中の満男が、ふと寅さんに尋ねる。

その答えがいい。

「長い間生きてりゃあ、いろんなことにぶつかるだろ。そんなとき、勉強したやつは自分の頭できちーんと筋道を立て、どうしたらいいか考えることができる」

と、「男はつらいよ」シリーズの名言とされる言葉を紹介されていました。


大学に、行った行かなかった、で、きちーんとした筋道が立てられるかどうかは、

また、別物とも思いますし、

物事の真実に近づくために、知識が邪魔をする面もあるかと思いますが、

人間が構成する一般社会を生きるものとして、

この人間社会で、なんで、こうなっているのだろうかを考える時、

やはり、知識は役に立つときが多い。

と、思っています。


ただ、現実の人間が構成する社会の動きは、

特に、政治や経済において、

正しいこと(=いちいち正しさを説明し納得させる必要がなく、心が自由なこと)が、

そのまま通用することは少ない印象を持っています。

人は感情(勘定?)で生きていますので。

そもそも、そのような場面において、何が正しいのかは不明で、

終わってしばらくして、ああだった、こうだったと、言ってはみても。

その時は、明日のことはわからないものです。

だから、やはり、理系のことの多くは、すっきりとしていて、とても好ましい。

その時の時流に流されることが少ない。


back numberさんの「水平線」のなかにも

正しさを別の正しさで 失くす悲しみにも出会うけれど

とあります。


だから、どうなのか?

言いたいことは、

あまりできないながらも、なるべく、筋道を立てて、自分で生きていきたい。

多くは、流されていく部分もあり、

きちーん、と、とはいかないけれども。

それが人生。

とてもでこぼこ。


さて、

本年は、

癸卯(みずのとう)

癸は、恵みの水で、 十干の最後。だから、生命の終わり、とともに、次の新たな生命が成長し始める。

そして、卯は、穏やかなうさぎの様子のように安全、温和。

今年は、新たな始まりのための、安全で平穏な年であってほしい。

そして、是非とも、ウクライナでの戦闘の終わりが早期に迎えられますように。

新たな時に向かって。

それは、きちーんとした筋道だ。

人類とは、それが正しいことだと、自信を持って言える人々だと思いたいし、

そのようなことを、今年は経験するだろう。

(昨年同様、根拠はありません。

けど、最近のニュースからは、それぞれ追い詰められていて、そう遠くないニュアンスを、少し、感じます。)


そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


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