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「正解」と「最適解」(おもしー222)

人間とAIの違い。


2023.2.14日経の春秋では、

「正解」はどこからか探してくるものではなく創るもの。それこそ人間の営み

所詮、AIは何も考えていない。過去の膨大なデータからそれらをつなぎ合わせて「最適解」を導いているだけ


う~ん。わからない。

どっちも正しいことのような。


将棋において、令和の王者と平成のレジェンドの、

ファンにとって、夢のカードが、盛り上がっているそうで、

「AI研究が盛んだからこそ、AIが指さない手順を深く研究するという戦い方が有利になってきている」

ということだそうです。


温故知新とは、

古いものをたずね求めて新しい事柄を知る意から、

前に学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりして、

新たな道理や知識を見い出し自分のものとすること。

と、されています。


そもそも、ひとりの人が、

過去の全ての事象、例えば物に残るたかだか2000年ほどの間のこと、歴史と呼ばれることであったとしても、それらを知悉することも、できない。

だから、世界全体を俯瞰した「最適解」を導き出すことはとても至難。不可能と思える深淵の世界。

しかし、示された将棋の世界のように、特定のことに限れば、可能なのだろうか。

いや、AIという道具を使えば、できることのように書かれている。

そうなのかなあ。

そこにおいても、そもそも至難のことだと思っているからこそ、

その上で、「正解」を創る。

今までになかった新たな道理や誰も知らない知り得ない知識を見出して創る。

そんなことは、僕の日常から見れば、桁が3ケタ以上も遠い宇宙の彼方のような世界感。


災害などにおいて、

今まで生きて来てきてこんなことはなかった。

これは、個人(50年ぐらい)の経験による言葉。

こんな残されているものや示されているもの(例えば、津波の到達を示す石など)があるから、危険なことが起こり得る。

これは、世代を超えた(だいたい数百年まで)の歴史を踏まえた認識。

こんな発見があったから(例えば、直径10キロほどの隕石落下)、繫栄する生命の種が交代してきた。

これは、地質的な数千万年からなになに億年の証拠を踏まえたお話。

物語(推論や理論)が、現実に証明されたりする。

これは、例えば、中性子の存在を予言なされ、それが証明されたことのようなことで、宇宙や僕たちを構成する物質や、そして反物質などにかかわる、ものごとの根本を探る方向のお話し。

まだまだ続きはある。


ただ、

正しいと言えることと思っていることは、

誰も、未だ、知り得ないことを、

人々に、理解させることができるならば、

それは、とても素晴らしすぎることで、

「創る」ということは、そういうことなのかなあ。


ベストもベターも遠く、グッドがたまさかあれば儲けもの。

いたしかたなくバッドを選択し一時退却。

もっともっとよろしくないことを回避しようとするために。

そんな僕の日常においては、「正解」を創る。

とても、眩しい言葉。


日常的に、精錬なされたAIのお力を使わせていただければ、有難い。

それは、結局のところ、AIに使われていることになっているということなのだろうか。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」


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