遮断機は下りず、警報もならなかった。
メーカー推奨の10~15年を超え40年以上使い続けていた。
80両の車両はすべて中古で、14両は60年以上走る。
点検・交換する余力がない
などと、
「公共交通再生の足がかり」(2024.1.15日経)にあり、
高松市の高松琴平電気鉄道であった踏切トラブルのことなどが紹介されていました。
小十年ほど前だったか、
お邪魔したときに、
せっかくだからと、民家の中をすり抜けるように走ってくれる路線の情緒を味わった。
その時乗車の車両も50年以上経過していたのかもしれません。
そもそも、四国で鉄路の維持は誰がいつ見ても難しい。
1987年の国鉄分割民営化と言われているJR各社の成り立ち。
最初から苦境に陥ることは目に見えていた。
その昔の国鉄運行の宇高連絡船。
今は、瀬戸大橋による本州と四国を結ぶ域内唯一であった黒字路線も赤字のようです。
結局、明らかになったことは、
(最初から分かっていたことですけれど、)
中期的な、赤字路線の切り捨て過程を踏んできているということ。
琴電は私鉄で、県や国の補助を受けるけれど、それも上記の過程を踏む中の物語。
縮小しているニッポンの人間社会。
インフラが縮小前と同じままで維持できるわけがない。
しかし、
交通弱者の立場の発言は、社会全体の中でも憚られるように大きなものにはなっていない。
全体では縮小させておきながら、少しの配慮に対して、有難いと言っていただけることに、こちらが恐縮する。
その有難いに寄りかかっていないだろうか。
そんな見方も大事にしたい。
たぶん、今日も、
琴電を運行なされている関係者は、禱るようなお気持ちの部分もお持ちではないだろうか。
そのお気持ちが、大きいか小さいかはどうあれ、
ニッポン各地で、そんな渦が深まっていくように感じてしまう。
そんなことをおもってしまいました。
「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」