持続不可能な経済成長の代償を自国民の血で支払っている
なんのことか。
次の記事からの引用です。
「パキスタン洪水、大国は「補償」を」(2022.10.2日経)
その他の内容には、
パキスタンの多くの地域で雨期の平均に比べて700%以上の降水量を記録した。
この豪雨は自然災害ではなく、人間の活動による気候変動の結果だという点で専門家の意見は一致している。
前例のない規模の被害にもかかわらず、世界はパキスタンの災難を見て見ぬふりをしている。
パキスタンの炭素排出は世界の1%未満
最大の問題は、資金が人道支援という名目で提供されているいること
「支援」と言うとあたかも善意で寄付をしているようにみえる。
しかし、実際には欧米や中東、中国の持続不可能な経済成長の代償を自国民の血で支払っているのだ。(ここは重複いたします。)
このため援助ではなく「補償」と呼ぶ方がふさわしい。
洪水による被害額を100億ドル(約1.4兆円)と見積もっているが、過小評価だと思われる。
人道支援を申し出ている国はほんの一握りで、 略 最大の支援国は中国と米国で、それぞれ5800万ドルと5000万ドルを搬出する。
パキスタンの指導者は補償という言葉を使って資金を搬出するよう各国に働きかけるようになっている。
などとあります。
しかし、
「支援」ではなく「補償」としてしまうと、
パキスタンだけではなく、世界中にその考え方が、あっという間に、拡がってしまう。
しかも、従来の平年並みから考えれば、毎年のように各地で大災害が頻発すると、誰だって考える。
その度に、「補償」するのか。
そんなことは、できない。
なぜ。
目の前には、
「世界債権・株 価値44兆ドル減 減少幅最大GDPの半分 4~9月」(2022.10.2日経)では、
歴史的な金利の急上昇を震源とした証券価値の減少が、 略 危機の芽を生み出している。
とあり、
今の世界経済は、とても危うい。
砂上の楼閣のようで、しかも「持続不可能な経済成長」であるならば、
夢幻の如くとなってしまうのか。
「パキスタン「国の1/3冠水」 泥の家 目の前で崩れた」(2022.9.14朝日)のなかの最後のところで、
国連の事務総長は、 略 各国による気候変動への対応が不足している現状について「狂気であり、集団自殺だ」と訴えた。
とありました。
そう言った中で、
日本国がどれほど「支援」しているかは承知していませんが、
日本政府は目先の物価上昇を目くらまししたいかの如く
「ガソリン補助 来春まで延長」(2022.10.2日本海)では、
補助開始からの予算は総額で4兆円を上回る見通しだ。
来春の統一地方選挙をにらみ、補助水準を維持したままの延長を求める声が自民党内にある。
補助金がなければ205円程度になると経済産業省は説明している。
とあります。
4兆円を、(9月22日の為替介入したときの相場の)140円で割ると、286億ドルぐらい。
米国支援額の600倍弱(572倍)になるのか。
どこの大国たちも、「補償」にしたくない。
自国内対策で、アップアップ。
冒頭記事の最後に、
経済成長よりも人命を優先し、汚染国の政府と企業に、自らが引き起こした損害への責任を問うシステムへの変更が必要になる。
とありますが、
当たり前は、通らない。
そんな世の中を変えるのは、
そう。
わたしとあなたです。
具体的な動きができなくても、そう思いたい。
そんなことをおもってしまいました。
「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」