「気候変動、若者の声を聞こう」(2022.12.4日本海)では、
石炭だけでなく全ての「化石燃料中毒」に終止符を打つ必要がある。
覚悟を決めて化石燃料から再生可能エネルギーに緊急に移行しなければならない。
などとありました。
人類は200年前の産業革命以降、エネルギー中毒であると、僕は思っています。
ですので、
「化石燃料中毒」という表現は、適切ではない。
そう思います。
別に、どうしても、
化石の燃料によるエネルギーでなくても、再生可能なエネルギーであったとしても、
人力でなければ、特段の支障はない。
要するに、動いてくれればいい。
自動車にしても、
内燃機関があろうが、EVであろうが、とても大きな違いではない。
動いてくれる。
だから、化石燃料に中毒ではなくて、エネルギーに中毒なのです。
中毒解消はとてもとても、今さら、人力のみの社会に、ほぼすべてと言っていい、人類の誰も戻れない。
そして、このエネルギー中毒は、たぶん、寛解・治癒することはなく、人類が滅ぶまでウイズエネルギーだろう。
また、人類の次に地球上で文明を築き上げる種・属・科があるとしても、同様に、ウイズエネルギーだと思う。
そう考えると、
産業革命という、個別生命体の体力以外のエネルギー利用を一般化したことは、とても大きいことのように思えてくる。
人新世と言われていて、人類が地球の地質や生態系に与えた影響を、地質の時代として表現しようとしていませけれど、
人だから「人」を中心に表現したい気持ちはわかりますが、
人なんて、たぶん、地質時代的にはわずかな期間。
地質的な表現に用いるのはどうかと思う。
そして、
エネルギーの取り出し方法を模索している今日この頃なのだろうなあ。
今の問題は、エネルギーを、
化石に封印された過去の太陽の恵みに求めるのか、
現在の太陽の恵みである太陽光発電や風力などに求めるかの違い。
なにか、小さなことのように思えてくる。
でも、
ドラえもんの、人工太陽が、あったらとも、
そんなことをおもってしまいました。
「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。)」