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適材適所(おもしー702)

タイトルにした

適材適所。

この言葉に反対される方はたぶんおられない。

しかし、なんだかなあ。


「適材適所を得る社会に」(2024.6.11日本海)では、

自ら能力を高めて、適材適所を見つけていける社会が理想

大学教授の方が締めくくられています。


たぶんそのとおり。

でも、

自分がどんなことに適しているのか。

いつもわかっている人なんていない。

未だ行っていない、そんな立場に立ってもいないところで、能力を発揮できるのか。

理解できていないから、人は彷徨う。

先のことを考えて不安になってしまうんですねえ。

そう。

先のことではなく、

目の前のおもしろいことに。

へー、そんなことがあるのか。

小さなことがいい。

他の人が気づいてもスルーしてしまうようなことがいい。

そんなことの繰り返しや積み重ねが、そのうち、その時の自分から他の人から遠く離れて、もしかすると、相当な高みに到達することだって。


適材適所なんて、

後からついてくる言葉。

そこに適している材なのかどうか。

そこが適している場所なのかどうか。

わからないけれど居るのならやってみよう。

面白そうなことと感じたらやってみよう。


昨日書いたわき道。

わきかどうかもわからない。

でも、今は、どこなのかよくわからないけれど、ここに立っていますので。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。


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