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そうか。

それなら、原油収入も相当落ち込んで、

戦費調達に苦労しているのかも。


「原油安「ウクライナ前」水準」(2024.9.12日経)では、

原油の欧州指標が2022年2月に始まったウクライナ戦争前の水準に戻った。

背景には世界的な景気減速と供給過剰懸念がある。

米国と中国の需要が想定より鈍化する見通しだ。

などとありました。


記事には、日本のガソリン等への補助金の出口への道が開けるような事が書かれていましたが、

そんなことより、

紛争の終結の可能性の事を書いてほしい。

特に、大口需要国である中国がロシア産の原油を大量に輸入し、

かの国の戦費の下支えを行ってきた。

それが、今までの2年半の間のようにはいかないのであれば、

それはいいことなのだろう。


どんな立場であれ、

背に腹は代えられない。

もう止めようという機運が少しでも高まりますことを。

戦闘継続なんて食に困らない人々が考えていることだと思っています。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


そうなんです。

学校の先生の言葉に「はて?」と何度思ってそのまま受け流してきたか。


「クラスメートは友達ではない」

同い年、かつ近所に住むだけで仲良くしろと言われるのは、電車に乗って「今から車内の人はみんな友達」と言われるようなもの

(2024.9.8読売の編集手帳)で紹介されていました。


友達 そう言いたい気持ちもわかる。

クラスや学年を運営する側であればあるほど、いざこざは避けたい。

しかし、そこはひとつの社会となる。

構成員となってしまった個々が居心地が良いようにしようとすれば、その影響を受けその逆になる立場も。

静かにそっとしておいてほしくても、身体的距離はとても近く、そうもならず。

あっという間に、学校カーストは形成される。

そんな構成員に対して、

権威のある立場から 友達だろ? と言われても。


人はわかり合える。

全ての人は話せばわかる。

そんな境地にはとても立てない。

少なくとも僕は。

自分が生き生きと過ごしその能力を伸長させようと願えば願うほど、

なるべく距離を取ったほうがいい人だって確実に存在する。

学校って。

個々の、人間社会を開いていく能力を高めていくところだと思っている。

好むものは好ませ、そうでもないものは一般常識程度まで?

ともかく、前向きに生きようという気持ちになっていただけるところでなければと強く思う。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


真面目過ぎるなあ。


キリスト教徒なので飲酒しません。

と言われて、少々面喰いました。

だって、

大半がキリスト教徒であろう米国さんは、バーボンなど大量のアルコール消費をしていると思うし、ローマ法王いましますイタリアでキリストの血と呼ばれるワイン禁止なんてことになれば暴動が起こると思う。

聞けば、南アフリカ共和国の方。

お国の大半の方はアルコールを楽しまれるとか。

でも、ご家族様も飲酒なされない。

言語も、マザーランゲージ(南ソト語)の次の公用語は英語ながらも、

その英語はアメリカンではなくブリティッシュであるとか。

そこになんとなく違うんだよというような姿勢を感じましたし。


南アフリカ共和国に居住なされているけれども、

お父さんなどの御出身はレソト王国(ソト語を話す人々の国)。

そこから仕事を求めて現在に至っているとか。

アフリカの気持ち(レソト)を大事にしながらも、現実の生活のために白人の国(南アフリカ)の社会を利用せざるを得ない。そんな印象を受けました。


人柄はとてもまじめで、前向き。そして笑顔がとてもいい。

なぜそういうかというと、

ともかく「プラクティス・プラクティス」

同じ習い事をしている時に、こちらが少し待ってねという時でも、時間を惜しまれているように練習を重ねられる。

その姿勢が素晴らしい。僕も励まなければと思わせてくれた。

あとで考えると、在日期間に限りがあったのですね。


でも、口を付けるくらいはいいじゃないかなあと、

多神教と言うか、どこの神様だってご利益があるんじゃない、と思ってしまう不信心な罰当たりものは、真面目過ぎるとつぶやいてしまいそうになる。

さすがに一神教とはそんなものか。

いや、

一神教というよりも、その生い立ちや背景にその姿勢のよりどころが見受けられるような。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


米国の転職回数は平均11.7回。4年ごとのオリンピックと似たペースだ。

一方で終身雇用、年功序列が根強く残る日本は平均約2回。

転職は昇進や昇給とほぼ同義語 「とても断れない魅力的なオファーを受けた」は退職の挨拶の決まり文句

履歴書(レジュメ)も日米で大きく異なる。米国のレジュメは顔写真の添付や性別、年齢、趣味などの記述欄がなく、自由度が高い。求められるのは仕事に直結する経験や即戦力として活躍できることを示す情報だ。

転職者に「仕事が続かない人」「前職で能力を発揮できなかった人」といったイメージがつきまとう日本

などと

「米国の転職 生涯で11回」(2024.9.14日経)にありました。


これって本当かなあ。

まず日本。

女性のМ字カーブは無くなりつつあるようながらも、

なんか女性目線が薄いような。

日本社会で相当なジェンダー差を体験中の日本の女性たち。

生涯転職が平均でたったの2回とは到底思えない。

男どもはそうなのかもしれないけどね。

米国にしたって、4年で11.7回の転職をするということは最初の就職も加えると、

4年 × 12.7 = 50.8年

最初に就職なされる年齢を18歳としても68.8歳まで仕事を米国人さんが平均的になされている?22歳から働き始めるなら72.8歳まで?

本当に米国においてそんなに長く、そんなお年まで就労なされているのだろうか。しかも、前職の退職後、転職先の就労開始まで、毎回、その期間がまったくないわけでもあるまいし。米国の平均年齢は2021年で76歳ぐらいだったか。そんなお年に近くまで就労なされているとは到底思えない。


とはいえ、

僕が、近親者に言われることの中に、5年ぐらいでたいぎくなる。

それ以上続けるのは別の理由が必要。

人としたって、ある立場やあることに気持ちを集中させて向かえる期間は4年程度までなのかもしれない。

それならば、米国の4年で転職ということも理解できる。

つまり、

米国は、やりたいような仕事を行う。

日本は、仕事を行う立場の取得のほうを優先する。

その姿勢の違いが転職回数に現出している。

そんな感じを受ける。


さあて、僕は何回転職した?

どんな姿勢で仕事に向かってきた?

・・・ ふむふむ。昨日までのことは忘れてしまったなあ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


「幸せ呼ぶ「スペース」空ける」(2024.9.14日経のなやみのとびら)で、

「幸せはスペースを空けないと入ってこない」

一人ひとりが持っている幸せのスペースは限られていて、古いものを整理しなければ、新しいものは入ってこない

「大きなスペース」が空けられなくても、今よりは状況が良くなる「小さなスペース」は生み出せるかもしれません。

大切なのは大きさではなく、空いたスペースに入る新しい幸せを想像することです。

などと回答者の中園ミホ先生は示されています。


いつもいつもいっぱいいっぱいでは、たしかになにも何も入る隙間がないでしょうし、

自分も周りも新たなことに向かう・向かって欲しい と切り出しにくい。

しかも、

人は、自分のスケジュールをなるだけ埋めて、忙しい、忙しいと言いたい生き物。

もう、あなたのご希望には添えかねますよと、お断りの状況説明をする。

つまり、自分本位を通したい。

(このHPのスケジュールを見ても、自分がそんな感じで生きていることが、ここを書いていて、妙に恥ずかしいけれど。)

心身に「スペース」を空けることは、たしかに、大事なことだと思う。

大きな人というのは、幸せのスペースの限りも大きいのかな。

そんな人になりたいけれど、

小人閑居して不全を為す。

僕が暇を持て余すと、ろくなことは行わないようにも思えるし。


先生が言われたいことは、そういうことではなくて、

本当に大事なことは大事にしてくださいということのような。

大事ではなくなったものに対しては、一歩を踏み出す必要もあるよということ。


最後のところで、

悶々としている時間がもったいないです。新しい人生をやり直すために、今日より若い日はないのですから。

ともありました。


時折書いていますが、

昨日までのことは致し方ない。解釈を変更して意味付けができることもありますが、

ともかく、今日が大事であります。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


実は。

う~ん。

行こうか行かまいか。


「痛みにもよしあし 体のサイン」(2024.9.14日経の元気の処方箋)に、

よい痛みとは運動やリハビリなどの活動に伴って筋肉や関節周囲に生じるものだ。

柔軟性や筋力が向上する過程で起こる。悪い痛みに比べれば弱く、徐々に改善していく傾向がみられる。

痛みが出た際、続けていいか中止すべきか判断に迷う

痛みがない場合をゼロ、最悪な状態を10として、2程度の弱い痛み・刺激であれば繰り返すうちに軽減していくが、4以上では逆に増強していくとの報告がある。つまり、少し痛い程度の負荷のストレッチや運動はよいといえる。

などとありました。


実は、5日前の水曜日に、習い事の自主練を行い、その時は何ともなかったものの、その夜、左腰あたりが痛くて痛くて、寝返りも打てない。

木曜のバイトは左足を引きずりながら。

左足に力が入らない。

段差は右足で。

こんなことで、行けるのか?

どこに?

大山登山に。

なんで?

アフリカ大陸に帰国される方の鳥取での思い出作りとして、一緒に行くと約束してしまっているから。

いつ?

次の月曜日の祝日。(つまり、本日であります。)

あまり日にちがないなあ。

・・・・・・。


その次の金曜日。何か少し軽減している感あり。

土曜日。よそ目には普通のように歩ける。けれど、左足で階段はちょっと上がれない。

日曜日。階段1段は何とか上がれるけれど、2段は無理。

そして本日の月曜日。

(この掲載時刻あたりは、大山に向かっている車中。)


ええい。

左足は使えるまで使って、いたわりながらも無理になれば、右足1本のトレーニングだと思えばいい。

痛みだって、1程度(?)の弱いものだし。

降りたら治っているかも。

今朝まで徐々に痛みは減ってきたのだから、よい痛みと言っていいし。

同行者たちに迷惑にならないことを祈ります。

たぶん、問題となるのであれば、下りだろうなあ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


追加:なんとか登頂し安全に下山できました。


そうか、日本とフィリピンぐらいなものなのか。


「水の利用 優先順再考を」(2024.9.1読売)のなかで、

「日本やフィリピンは水を無駄遣いしている」とよく言われる。

そもそも地球上に、すぐに使える淡水はどれほどあるのか。答えは「海水も含めたすべての水の0.01%」である。

などとありました。


国土の周囲が海洋で、熱帯性低気圧が来襲することもあり、多くは西側からであるけれど北からも南からも雲が流れてきて雨水が落ちてくる。

そのどこの方向の上(かみ)側には海洋が有る。

そして、それなりの高度を持つ山塊があって、水蒸気は水滴になりやすい。

他国から見てその使い方が無駄使いと言われるような使い方をしている・できている。

そうか、たしかにそんな国はそれくらいなのだろうか。

そんな国に住まわせていただいてありがたいなあ。

だから、水の単価が経済的なので、経費のかかる中水利用などは普及していない。

(中水:飲むことはできないが人体に影響を及ぼさない形で再利用される水ので、水洗トイレや工業用水などに利用されます。

が、

中水利用はそのための配管や貯水設備や、下水を中水にするための浄化装置の維持管理など、少し考えただけで、経費がとてつもない。上水の・下水の施設に加えてだから。

上水を使った方が(日本では)とても経済的。

となってしまうんだよなあ。

消火栓からの水、つまり消防用の水は、何の水・どこからくるのと昔々聞かれたことがある。

消火栓専用の水の配管があるわけでもなし、上水の本管から供給を得ている。


上水の使い方をもって、無駄遣いといわれてもなあ。

この日本の現状では現実的。

中水は普及していないし、この雨水環境がある限りは、これからも普及しないだろう。


清らかな水をありがたくいただいているように、多くの国民は感じていると思う。口にはしなくとも。

そして、列島の中の、清浄な河川はとても人気がある。

富士山の伏流水が湧き出て水源となっている柿田川。

行ってみたいし、水中眼鏡をつけて水中に入ってみたい。

考えただけで、

ぶるっと来る。

たぶん、冷たいんじゃないかな。

昨日も、最高気温36度を上回った。

どこか涼しいところありませんか。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


だって、いっつも蛇行だ蛇行だと言ってるんじゃないのかな。

北半球では北側にコースを変更していると捉えなおしたほうがいいのでは。


「高気圧が列島滞留 猛暑に」(2024.9.3読売)では、

昨夏と並んで過去最高の平均気温となった今夏(6~8月)の猛暑

太平洋高気圧などが日本列島上空に居座った

地球温暖化の影響で大気全体の温度が高くなっている

偏西風が例年より北に蛇行した

などとありました。


いっつも思うけれども、

ではなぜ、太平洋高気圧が日本列島上空に居座ってしまったのですか。

なぜ、偏西風が北側を流れたのですか。

問いたい。


そもそも、

地球は自転しているので、その固体や液体に触れているあたりの気体(大気)はその動きに追従しようとするけれど、そのついていききれないエネルギーによって、風が生じてしまう。最も大きな自転スピードが赤道付近で、貿易風が東風として流れている。その赤道付近は熱帯の過熱もあり、強く加速されて吹く。まさに、大航海時代の貿易船をどんどん進ませたイメージを持っている。

そんな大気の流れがあれば、押されたり引っ張られての吹き返しも当然に発生する。それが地球の南北の中緯度に発生する偏西風。

だから、

偏西風の北側への蛇行は、

貿易風の強さの源泉の熱帯の過熱がより大きくなっているから、

その勢力というか影響範囲も広がっている。

それに伴って、吹き返しとなる位置の中緯度あたりはより高緯度に移行しつつある。

つまり、蛇行というよりはコース変更のほうがより適切のように感じる。

(まったくの、素人判断なので、ここに限らず、どなた様も信用なされませんように)


ともかく、

せっかくの、気象庁様や気象予報士様たちからは、

何かスッキリするなあ

と感じるような解説をいただけないかなあ

9月も中旬なのに、35度近辺の日々。

暑すぎるなあ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


僕ら 1958年 昭和33年 の 生まれ

なので。


東京タワーは1958年に完工した際、もう少しで「昭和塔」という名前になりかけた。

一般からの公募に8万通を超す応募が寄せられ、最も多かったからだ

「東京タワー」は約200通にすぎなかった

(2024.9.7読売の編集手帳)の冒頭にありました。


そうなんですか。知らなかったなー。

同年を誕生年とする僕にとっては、物心ついたときには当然のようにあり、そのように呼ばれている東京の象徴のような存在。

そうですか、昭和塔ですか。

そうなっていたならば、そのように呼んでいたことでしょう。

だれしもが。

でも、なにか、別の愛称がつけられていたのかもしれませんなあ。

人だって、呼びやすい愛称があったり、自ら通称名を名乗ることだってありますからね。

ショウワトウ トウキョウタワー

前者が短いけれど、聞きなれているせいか、やっぱり後者のほうが言いやすいし親しみやすいような。

それに解りやすい。

元号はそのうち古くなる。都市名は比較にならないくらい長く使われる。

施設の寿命は元号よりも大概長い。

そして、昭和も遠くになりましたね。

そう、僕も俗世間から遠くに位置したい。

ん?

東京タワーさんは、電波塔として今でも現役のような。

あ、こりゃあ失礼しました。

あなたのほうがよっぽど社会に貢献なされていますねえ。

僕も少しばかりは貢献しないとね。

僕(達)も昭和に30年以上生きてきたけれど、それは過去のこととして大きなわだかまりは持たないで、この先の興味をより優先しようかな。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


ほんとうのほんとうだろうか?


写真の説明で、

装置で発生させたプラズマ。

常温常圧でつくり出すことができ、触っても熱くないという

「プラズマ農業「雷で豊作」狙う」(2024.9.6朝日)にありました。


エネルギーの大きさの順で

固体 液体 気体 プラズマ

という図もありますし。


そうか、

熱い固体や液体に触れると、火傷を負うものの、

その熱さと同じ温度のサウナ(気体の中)には入れるなあ?

より大きなエネルギーを持っているプラズマでも、触れて、火傷をしない?

ちょっと怖い。

でもそうなんでしょう。


プラズマ状態

原子が電子と原子核に分かれてしまうほどのエネルギー量がある

プラスの原子核とマイナスの電子は互いに引き合いくっつきたいけれど、

その力以上のエネルギーを持っているから、

くっつけない。

ちょっとよくわからないけれども、

雷様によりプラズマが発生するので、

強く3重に結合している窒素分子も別れさせてしまう。

とても強引。


ほんとうに、触れても大丈夫?

プラズマに。

見えないどこかが剥ぎ取られそう。

誰かと誰かも分かれて別の人に?

怖いもの見たさの、雷雲襲来では、そんなことも予感されそうな。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


「靴を脱ぐ習慣と感染症」(2024.9.10日本海の歳々元気)では、

欧米では、室内に入る際に靴を脱ぐようになってきているが、訪問客に要請するのは失礼、と感じる人も多い。

院内感染で発症した患者が排出した菌を比べたところ、74%が一致した どんなに清潔を心がけても、菌類の侵入を完全に防ぐことは不可能だ。

玄関で靴を脱ぎ、手洗いやうがい、着替えをする毎日の習慣が、感染予防につながるはずだ。

などとありました。


ある日突然、土足で事務所に上がってください。

繊維質のカーペットが敷き詰められていて、掃除機をかけたって見えない汚れは確実に増す。

それまで、室内には靴を脱いで入っていたのに。

新任の店長様の御指示。

当然に反発。

事務所内の衛生環境の悪化に同意できない。

(お客様の土足入室はフロアーも限られており従来からそうしていてそのままでいいのですが、)

幼い子供を致し方なく時折(子供さんの調子がよろしくない時など)事務所内の裏側手の職員共用スペースに連れてくるお母さんの働き手もあるのに。

(子供は、フロアーに横になることだってある。)

しかし、従来から働かれているどなたからの追従も全く無し。

社内の定期的なアンケート(自由な意見を書ける部分もある)にも、当然に記入。

会社からは何の反応もなく。なしのつぶて。


コロナ対策もあり、

靴を入浴や就寝以外は履き続ける欧米ですら、脱ぐ習慣が広まっているという。

そんなコロナウイルスでの、学習はどこへ行ったのか。

リースキンのカーペット一枚出入り口に置けば対策になる?

ちゃんちゃらおかしい。

最近、新任店長様はこの店舗に来ないなあ。

どれだけ意見収集したのか、前任等の店長さんや現職員さんなどに。

勝手に決めるやつ大嫌い。

CSの前にESでしょう?

(お客様の満足の前に従業員の満足があってこそなんじゃああ~りませんか。)


なるべく裸足でいたい。

自宅では1年中裸足です。

そんな僕だからなおさらね。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


昨日の続きです。

鼓膜の内外の気圧差はどの程度がいいのだろう。

と、昨日の記載を終えてから思い始めました。


外耳と中耳の気圧差が仮に無いとすれば、

鼓膜は果たして、音を拾える状態なのだろうか。

少し張っている程度が最もよく拾えるように思えます。

膜に張りがないのであれば、しわが発生し微細な振動を感知しにくいような。


また、気圧差があったほうがいいとして、

それはどちらが高いほうが耳に鼓膜にいい状態と言えるのだろう。

どうもそれは大気圧(外耳側)が少し押し気味のほうがいいような。

それは、鼓膜の振動を受ける3つの小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)が当然のように中耳に位置し、外からの振動を受ける立場にある と考えれば、

鼓膜は内側に少し張っているほうがいいような。

鼓膜の図でも、内側に曲がっているような絵になっていますし。

それならば、やっぱり外気のほうが少し高い気圧である方がいいのかな。

だから、耳管は通常閉まっている?

常時開いていてつうつうなら、中耳との気圧差が無くて鼓膜がしわになってしまう?

その耳管の通常は閉じているということが、鼓膜内外の気圧差を保持していて、差が大きくなり、圧迫や緊張をそれぞれの組織に与えれば、昨日書いたような症状が出始めるけれど、時折、あくびなどや、意識的な耳抜きなどで、中耳側の圧力を外耳側に合わせるようにして、症状が出てしまわないうちに調整しているのが、人の体というように解釈しましょうか。


それなら、中耳側は常には負圧気味ということ?

台風のような低気圧ほどではないけれど、ものがなびいてしまいやすい。

それに逆らうように、流れていく血液や、静かに移動するリンパや体液のことを思うと、やはり、大きな気圧差は悪さしかしないように思えてしまう。

どのくらいが、適度と言っていいのでしょうかねえ。

そんなあたりが、耳が良い、そうでもない そこらの違いなのかも。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


「あくび耳抜き法」は医者が教えてくれないマル秘の方法

あくび耳抜き法とは、鼻をつまんで、口の空気を耳のほうにギュッと送り込む方法です。ほかの耳鼻科の先生は紹介していない、まったく新しい耳鳴り&難聴セルフケアの方法です。簡単なのに驚くほど有効です。

耳抜きをすると、鼻から耳に空気が送られ、鼓膜の内側と外側の圧力差が解消されます。

びっくりするかもしれませんが、その「耳抜き」があなたの耳鳴りや難聴を改善するのです。

などと

「1万人の耳の悩みを解決した医師が教える 耳鳴りと難聴のリセット法」著者は(耳の名医 木村至信(しのぶ))先生です。


この前の緑内障でもそうなんですが、

参照:排水不良が緑内障ということ?(おもしー787)

体内の圧力差は悪さしかしないように思える。

そりゃあ、鼓膜の外側と内側の圧力差は大きければ大きいほど鼓膜は張って張ってそれだけで鼓膜を維持している組織をいため痛くなる。そして、パンパンに張った鼓膜は音を感じにくくなるであろうことは誰しもそうだろうなと思うのでは。

そんな状態が日常で恒常的にあり、それによる症状が耳鳴りであり難聴であると言われれば、すとんと納得する。

「あくび耳抜き法」などのやり方や詳細は、どうぞお読みいただいて。


耳がいいですねと、先日、懇親会を同席された方から言われました。

自分ではそんなことはないと思っています。

その中の発言で、ん!何を言っているのかと思っているうちに、別の方がそれに対する反応をなされていた。

(これは、また、べつのことかな。)

健康診断での指摘はありません。

ただ、耳鳴りと言えば、相当前からあります。

きーんと左側がいっていますけれど、そんなものかと特に気にしていませんでしたが、

先生の耳抜き法や「アオアオ発声法」・「餃子耳法」などを、気になって思い出した時にやってみよう。


そう言えば、

アルバイトで車に給油などしたときに

(なにせ、一日に何度も行きますので)

 ありがとうございまーす と言っていますが、

あり の次の がとござ が言いにくいことがあって、

まず、口で アイウエオ と声に出さずとも唱えてから、

発声すると、素直に声が出るので、そんなことでも、

耳管の開放を少しして圧力差を解消しているのかもしれません。

カラオケに行って、声を出す健康法もあるようですが、どこか通じるものがあるような。


1気圧=1014ヘクトパスカル hpa

(昔、1992年(平成4年)12月1日より前はミリバール)

外気圧が1気圧だとして、

耳抜きをして、どのくらいまで同じような圧力になるのだろう?

10ヘクトパスカル程度の差に収まればいいのだろうか。

それとも50ヘクトパスカルぐらい?

山などでの高度差と気圧では、だいたい10mで1hpaなので、

100mで△10hpa

1000mで△100hpa

水深で言うと10mで2気圧になるので、1mで約+100hpa

それなら、耳抜きでそんなピッタリにしなくてもと思ってみたりもします。

マル秘の方法?気になった時にしてみます。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


まったく賛成いたしません。

その筋、(税務署OBなどの)税理士さんなどのお仕事を増やすだけ。

理念や求めるものには共感するものの、

ほぼ誰もついてきませんよ。


「全納税者が確定申告」(2024.9.5日本海)にあるように、

政権政党さんの総裁選挙立候補予定者さんが述べられたとか。


年末調整がなくなって源泉徴収しっぱなしになれば、確かに雇用主さんの事務はとても軽減する。

ふと、思い出したのは、どこだったか、行政書士さんの簡易な事務所が軒を並べていた風景。

あんなふうに、税理士事務所さんの敷居が低くなるのであれば、それはそれでいいことなのか?

ともかく、社会全体の労力やコストが低下すること。


アメリカさんでは、たしか、確定申告を皆さんがされていたような。


「個々の手間が増えることはない」とも述べられているようですが、

実現しても総スカンを受けると思うよ。

また言ってるよ そんな風に捉えてしまう候補者さんでした。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


個人差はあるものの、泣いた後、約1週間ストレス軽減状態が続きます。

つまり1週間に1回泣くことでストレスフリーな生活が送れるのです。

なお、タマネギを切った際に出る涙や、目を潤ますための涙では意味がありません。

ストレス解消に効果があるのは、悲しみや感動による「情動の涙」。

これは人間にしか流せない涙と言われています。

などと

「なみだ先生の涙活のすすめ1」(2024.9.5日本海)にありました。


人間にしか・・・・。

あえて悲しみを求めるわけではないものの、

何とかして感動を無理やり作ろうとするのもどうかと思うけれども、

素直に、

なんでもやってみたいことや行ってみたいところに、

やってみて行ってみて、

困難と思われることもその1週間に一度は何かしら挑戦してみたりして。

新しいこと、更新しようとしたいこと、

そのたびにたいがいはうまくいかなくて、心の悔し涙。

心の涙ではなくして、流したければ流れるだけ流せばいい。


2、3分ほど泣くだけで、 スッキリ。 などとも先生は記されています。

先生とは、感涙療法士とされる吉田英史さんのこと。


もう駄目だと思ったときも。

泣きましょう。

泣いたって、誰も直接には傷つけないし。

ヒトではなく、人間として生きていかざるを得ないので。

せめて、この1週間だけでも。

そしてその次の週はその時の事。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


(2024.9.1日経の春秋)の最後のあたりに、

タイトルにした

「最良の薬は平和」がありました。

パレスチナ自治区ガザの難民キャンプの現状を背景とした国連関係者の言葉だそうです。

同様に、

「ガザ最良のワクチンは平和だ」(2024.9.4日経の社説)では、

パレスチナ自治区ガザで、ポリオのワクチン接種のための一時的な戦闘休止が始まった。

とありました。


ウクライナや、ウクライナから攻撃を受けているロシア内の地域に住まう人々。

時々しか報道されていないロヒンギャの人々。

ワクチン接種なんてなされているのだろうか。


ホモサピエンスは現状において平等の立場に立てているとは全く言えない。

本当に「賢い人間」と言えるのだろうか。

その賢さの程度は、この現状が証明している。

サピエンス?知恵のある?

種の名前を変更したほうがいい。


少なくとも、僕には、現状を変える力も能力も知恵もない。

ただ平和を願っているだけ。

だから、僕は、ホモサピエンスと呼んでいただける立場に立てていない。

平和を願う人もいくらかはいる程度でそこに至れない人間達≒ホモなんだか(ラテン語ではどうなのでしょう)

ん?ラテン語?

「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」

(なんじへいわをほっさば、いくさへのそなえをせよ、Si vis pacem, para bellum)

ちょっと期待薄だなあ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


「緑内障について」(著者:平松類先生)のなかで、

ヒポクラテスの書に、 「目が地中海のように碧(あお)くなり、失明する」

昔の日本人は、 「青底ひ(あおそこひ)」と呼びました。

基本の治療法は「眼圧を下げる」ことに尽きると言っても過言ではありません。

目の中にある毛様体という組織からは、房水と呼ばれる水分が産出されています。房水は、眼球の中を循環し、血管を持たない水晶体や硝子体、角膜などに酸素や栄養を運ぶ役割を果たしていて、最終的には排出されます。

約78%を占める解放隅角緑内障は、

房水(眼球内の血管を持たない組織に栄養を運ぶ水分)の出口である隅角は解放されているものの、繊維柱帯のフィルター機能が低下して目詰まりが生じ、房水の流れが悪くなり眼圧が上昇することが原因で発症します。

などなど、とありました。


なぜ、目詰まりが生じてしまうのか。

そこらあたりが最も気になるところでしたが、

読み込めませんでした。


房水は、酸素などを、血管の無い、血管があってはその用にならない水晶体や硝子体、そして角膜などの光を通過させる組織に、血液の代わりに運んでくれているので、どうしても供給を止めることはできません。

酸素などを供給したのちに、老廃物も含まれるであろう房水は適切に排出されなければ、眼球内の水圧が上昇し、視神経を常に圧迫してしまい、視神経などの血管も圧迫しそれらへの酸素や栄養素の供給が少なくなってしまい、視神経が傷んでしまう。

そんな症状を、外部から見ると、赤い動脈の血液ではなくて青い静脈のような血液が見えるようで、底が青い影のように、

そんな解釈を、読んでいてしてしまいました。


だから、

どうして、目詰まりができてしまうのか。

目詰まりができてしまえば、

毛細血管が再生してくれるように、

新たな排出の道ができてくれればいいのになあ。

そもそも、どんなもので、目詰まりが起きてしまうのか。

角膜の端にあるような繊維柱帯を詰まらせるものは何なのか。


感覚的には、

ここにも、マイクロやナノのプラスチックが悪さをしているように感じるなあ。

白内障にしても緑内障にしても、それ以外の目の病気にしても、近視以外の自覚は、今のところないものの、

そのうちなんか変だなあとなるのでしょう。

先月の健康診断では、特段の指摘はありませんでしたが。

そのうちね。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


郡部に住む者として、

地域の中心市に、何かと通っている。

通学もその一つ。

その間に峠道があれば、越えていかねばならない。

肉体的にも精神的にも、ひとりの生身の人間として、

その壁を自分の力で乗り越え、そして帰っていく、

そんなことを日常的に行うことが、峠道を含む路を使う通学ということ。

そんな過程や道を使うのであれば、必ず、今や、将来の糧になる。

親御さんも心配であろうけれど、子供がそうしたいと言い出したのならば、そうさせてほしい。


昨日の朝も、大型バイクで、喘ぎながら上り坂を進む高校生らしき者の自転車を、その5倍程度のスピードで追い越した。

かつて、半世紀前に、僕もそうであった。

誰か知らないけれど、数々と車やバイクが追い越していった。

そう。

その時に、様々に思う。

追い越される者も、追い越す者も。

かつての事や今の事、そしてこれからの事。

明日があると思って、希望もあるだろうし、

明日は来ないと思っても、でも、今はあるじゃないか。

頑張っているその後ろ姿に、こちらが元気をもらっている。ありがとう。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


タイトルは、

92歳、現役看護師の 川嶋みどり さんの

「長生きは 小さな習慣の つみ重ね」からいただきました。


そのなかで、

うつぶせ寝は 元気と長寿を得る最高の方法

うつぶせ寝にすると、ちょうど座禅を組んだときと同じような、下腹を使った腹式呼吸になります。ゆっくりした深い呼吸になり、体はリラックスできます。

うつぶせ寝にしただけで体内の酸素量が増え、肺が健康な状態に近づいていく。

などとありました。

詳しくは同書をお読みくださりませ。


ここまではっきりとうつぶせ寝がいいと書かれているのを初めて読みました。

そうですか。

僕もだいたい うつぶせ寝です。

確かに呼吸がしやすいと思っているし、

胃腸が寒くなりにくい。

(そのかわり腰の少し上あたりの左右の腎臓あたりが冷えやすいような)

呼吸がしやすいということは、酸素が全身に行き渡りやすいということ。

起きているときは感じなくても、

(起きている時は鼻先を遮るものがそのあたりにないので)

就寝中は鼻の穴近辺に何かしらのものがある。

上を向いて寝ていればそうでなくとも、上を向いていると舌が重力に従って下がってきて、やはり呼吸の妨げになる?


タイトルのとおり、

60、70歳は少年少女。120歳まで生きるつもりで

はい。みなさま。習慣づけてみませんか。試してみるだけでも。

結果はついてきますよ。

良いと言われてほっとしている自分もあります。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


CPUなんて言えば、お年寄りの証明になったりして。


「AIパソコン 出荷の4割に」(2024.8.30日経)では、

台湾パソコン大手、宏基(エイサー)は生成AI(人工知能)の機能を搭載した高機能なパソコンの出荷を増やす。

オンライン会議のリアルタイム翻訳や画像生成といった生成AI機能を使う際、パソコン内部でデータ処理が完結できる。通信先のサーバーで処理する従来の手法より速く、通信圏外でも使える。

性能面ではAI処理に特化したNPU(ニュートラル・プロセッシング・ユニット)と呼ばれる半導体がカギ

「毎秒40兆回以上」という高い計算能力のNPUが必要

などとありました。


パソコンのパーソナルなコンピューターのそのものと言っていいものがCPU(Central Processing Unit 中央演算処理装置(ちゅうおうえんざんしょりそうち))であると認識していています。それがダブルであったりしていても、応用進化の範囲かな。


それでは、

いったい、PUは同じながら、その前にあるC(セントラル)とN(ニュートラル)の違いは何なんだ。


30年ほど前から、パーソナルにいわゆるコンピューターを保有させてもらっていて、大したことには使えていない僕の能力ながらも、

この前あたりから、自宅パソコンが少し不安定で、

まあ、10年以上使用しているから、とっくに現役世代の使用の仕方においてはお疲れさまの機種。

こちとら、現役世代ではないよーだ と 自分を少しごまかして、だましだまし使用を続けようと思っていたところ。


もう。CでもNでも Z(?)でもなんでもいい。

どっちみち、僕にとってはブラックボックスであることにかわりはないし。

フリーズしてしまう前に買い替えた方が良いと思い始めました。

(問題は懐具合だなあ。)

いいような払い下げ品辺りがないかなあ。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」


「山陰合銀、ATMの硬貨入金 2回目以降に手数料」(2024.8.30日経)では、

11月からATMによる硬貨預け入れに手数料を導入する。枚数にかかわらず1日1回は無料、2回目以降は220円とする。

両替機についても、紙幣50枚までは無料だったのを、1日あたり2回目以降は200円を徴収する。利用には同行のキャッシュカードが必要となる。

などとありました。


そうですか、

それぞれ、手数料が必要となるのですか。

両替では、無料の範囲に収めるため、何回も繰り返されていて、後ろに並んでいる方がイライラされていたりする。

気になされる方は、少し行われてから、また、列の後ろに並ばれたりもされている。

(アルバイトの仕事の中で、入金や両替があるため、目にしています。)


硬貨って、流通費用が、それなりに、その表示されている金額に比べても、大きいのだろう。

諸外国でも、手数にかかわる費用の負担を利用者に負わせているのだろうか?

キャッシュレスの手数や保安管理には相当な費用が必要ながらも、もう、後戻りはできないし。

それぞれの、紙幣や硬貨の取り扱い費用の負担を利用者に支払って欲しい気持ちはよく解るけれども、通貨の管理に費用が発生しても、基本的には利用者ではなく発行者が負担するべきだと考えているので、

あまり、いい方向ではないと思っています。


何か気になるのは、

200円と、200円に消費税を加えたような220円との違い。

両方ともに、消費税を負担して頂くサービス提供のようなのにね。

そんなことをおもってしまいました。

「おもし=新聞記事などを読んで、おもってしまったことです。」